51 オオヨシノボリ (大葦登)

スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属

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オオヨシノボリRhinogobius fluviatilis Tanaka, 1925は日本海から東シナ海側では、青森県から九州南部に、太平洋側では青森県から九州までに分布し、規模の大きな河川に生息する日本固有のヨシノボリ属魚類です。本種は体長10㎝近くにもなり、ルリヨシノボリR. sp. CO(紀州の鯊36、自然博物館だよりVo.28 No.3)と共に日本のヨシノボリ属魚類では最大になる種です。オオヨシノボリは、大型で胸鰭基底に明瞭な黒斑があること、尾鰭基底に明瞭な黒色帯があること、オスの第1背鰭の鰭条が伸びることが特徴です。かつて「ヨシノボリ黒色大型」と呼ばれていたこともうなずけますね。また、本種は大きな岩が点在し、流れの強い河川環境を好みます。本種は一般に両側回遊型の生活史を送りますが、ダムなどで陸封された個体群も知られています。
 和歌山県内では、有田川や古座川、熊野川などの比較的水量が豊富で、海とのつながりが失われていない河川で多く見ることができます。大きな河川であっても、ダムができたり水量が減ったため流速が遅くなると川底に土砂が溜まって大きな岩が埋もれてしまいカワヨシノボリR. flumineus (Mizuno, 1960)(紀州の鯊6、自然博物館だよりVo.20 No.2)やシマヨシノボリR. nagoyae(紀州の鯊5、自然博物館だよりVo.19 No.4)ばかりになってしまいます。そうなると本種は姿を消してしまうか、速い流れがあれば支流のみに生息するようになります。また、河口域に堰ができると海からの本種の稚魚の遡上が妨げられ、悪影響が出ます。
 どうやらオオヨシノボリは水量が多く、大きな岩がゴロゴロした、人の手があまり加えられていないような河川を好むようです。災害対策や治水対策が進む現在、オオヨシノボリが好むような河川は「危険な河川」として減少の一途をたどることでしょう。それは、オオヨシノボリ自体も絶滅に向かっているといっても過言ではないようです。現在、オオヨシノボリは和歌山県をはじめ、12の都府県でレッドデータブックに記載されています。今後も掲載自治体が増える可能性は大いにあります。治水はもちろん大事な問題です。しかし荒々しくより自然なままの河川を好む生物はオオヨシノボリだけではないでしょう。いろいろと考えてしまう問題ですね。

(自然博物館だよりVol.32 No.2,2014年)


52 クロユリハゼ (黒百合鯊)

スズキ目クロユリハゼ科

haze5-52-1kuroyuri.jpgクロユリハゼPtereleotris evides (JORDAN et HUBBS, 1925)は、小笠原諸島や伊豆諸島、千葉県以南の太平洋、東シナ海沿岸に分布する体長8cm程度の遊泳性ハゼ類です。成魚は内湾やサンゴ礁外縁付近を単独かペアで遊泳し、幼魚はもう少し波の穏やかな場所で群れを作って生活しています。
 クロユリハゼの幼魚は背鰭や臀鰭、尾鰭の縁辺部が黒く、尾鰭基底に黒斑があることが特徴です。成魚は体の後半から尾鰭上、下縁が黒色になることが特徴です。和歌山県沿岸でも広く見られます。実はクロユリハゼは、1925年にJordanとHubbsによって和歌浦から採集された2個体に基づいて記載、命名されました(当時の学名はEncaeura evides)。つまり、和歌山県の和歌浦湾はクロユリハゼの模式標本の産地なのです。富山一郎氏の「Gobiidae of Japan」(1936)にも、現在の湯浅町からの記録があります。ただし、和歌山県でみられる多くの個体は南方からの死滅回遊のようで、黒潮の影響が強い和歌山県の南部の方が、より見つけられる機会が増えるでしょう。
 クロユリハゼは、その見た目の美しさと他の魚に攻撃することが少ないことから、観賞魚としての人気もあり、我々が生物採集に行った先で、このハゼを採集されている方を見かけることがあります。飼育していてもとても臆病なため、すぐに物陰に隠れてしまい、なかなか出てきて泳ぎ回ったりしてくれません。しかし、飼育から数日経ってエサを食べはじめると、フワフワと出てきてくれる場合が多くあります。クロユリハゼは基本的に水中を漂うプランクトンなどを泳ぎながら食べるため、底に沈んだエサにはあまり興味を示しません。ですので、できれば常にプランクトンが漂っている水槽環境が必要です。また、ハゼの仲間にしては「細身」なので、エサ不足ですぐに痩せてしまうことに注意しなければいけません。これらのことに注意してクロユリハゼを長期飼育することは難しく、「知らないうちに顔を見なくなった」等という結果になりがちです。もちろん、幼魚の頃から飼育して人に慣れていれば、そのような事は減るのですが。
 このクロユリハゼ、名前の由来は「体の後半が黒く、ユリの花のように見えるから」だと言うのですが、いかがでしょうか。
(自然博物館だよりVol.32 No.3,2014年)


53 シマヒレヨシノボリ(縞鰭葦登)

スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属

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シマヒレヨシノボリRhinogobius sp. BFは、静岡県や岐阜県、三重県の一部地域と紀伊半島の西側から広島県、愛媛県の瀬戸内海側、兵庫県の日本海側の一部に生息する体長4~5cm程度の淡水性のハゼです。正式な学名は与えられておらずBFはBanded Fin(縞のある鰭)の略号です。
 シマヒレヨシノボリは、ヨシノボリの仲間の中では体が小さく、オスの第1背鰭が伸長しないため地味な印象を受けます。また、腹鰭の前方にほとんど鱗がないこと、腹鰭の5軟条の第1分岐と第2分岐の間隔が短いこと、尾鰭に雌雄とも点列があることなどで見分けますが、慣れないと見分けることが難しい魚です。和歌山県では、広川町の広川水系より北の地域では、ごく普通にため池や水路でみられるハゼですが、広川よりも南の地域では、ほとんど見ることのないハゼです。
 このシマヒレヨシノボリの分布について調査をしてみると、いろいろなことがわかってきました。和歌山県の南部のダム湖から、おそらくアユやゲンゴロウブナ(ヘラブナ)の放流に混じって放流されたと思われる個体が出てきました。シマヒレヨシノボリは一生を淡水中で過ごすヨシノボリ属魚類ですので、ダム湖のような場所に持ち込まれ、仔稚魚のエサとなる生物があれば繁殖することができます。このようにシマヒレヨシノボリが移入されたと思われる場所は、本来本種が普通に見られる紀の川や有田川水系にもあると思われますが、水産重要種でない本種の放流記録が残っているわけもなく、はっきりしませんでした。そこで100地点以上の採集ポイントを設けて両水系を中心に本種の分布調査を行ったところ、おおよそ標高200mまでの水域には断続的に現れるものの、それ以上の標高ではまばらになること、標高200m以上の出現水域はダム湖である場合が多いことがわかりました。これで標高200m以上にみられる本種の個体群は移植の可能性が高く、放流(おそらく混入)も県内各地で行われていたことは間違いないようです。静岡県や岐阜県、三重県などの本種の生息地にも同様に移入の疑いがあり、各地域の研究者からの話では、ほぼ間違いなくシマヒレヨシノボリが移入された地域があることが明らかになってきました。
 シマヒレヨシノボリは一生を淡水で過ごすため、自然状態では両側回遊を行うヨシノボリ類のように他の地域へ分散しにくく、オオクチバスやブルーギルなどの影響も受けやすいために環境省のレッドリストで準絶滅危惧に指定されています。このような魚が人の手によって本来生息しなかった地域に持ち込まれ、おそらく元々そこにいた生物を圧迫していることは、とても残念なことです。

 (自然博物館だよりVol.32 No4,2014年)


54 ヒモハゼ (紐鯊)

スズキ目ハゼ科

haze5-54himo.jpgヒモハゼEutaeniichthys gilli JORDAN et SNYDER, 1901は、体長4㎝程度のハゼ科魚類です。青森県から沖縄県の西表島までに分布し、河口周辺の汽水域、特に砂泥底から砂礫底の干潟に生息します。アナジャコなどの巣穴を利用して生活しており、クボハゼGymnogobius scrobiculatus (TAKAGI, 1957)やチクゼンハゼG. uchidai (TAKAGI, 1957)と共に見られることがあります。
 ヒモハゼは体が細長く、ミミズハゼLuciogobius guttatus GILL, 1859の仲間に似ていますが、背鰭が2基あることや一般的なミミズハゼ類よりも体がさらに細いことで区別できます。また、体側に頭部から尾鰭にかけて暗色の縦帯があること、吻端は口よりも突き出していること等が特徴です。現在、ヒモハゼは2013年の環境省レッドリストで準絶滅危惧に、和歌山県版のレッドデータブック改訂版でも準絶滅危惧に指定されています。しかし幸いなことに、和歌山県内では、ヒモハゼの繁殖期や稚魚の加入時期にあたる早春から夏にかけて、和歌浦干潟をはじめ主な汽水域、干潟で普通に見ることができます。その一方で琉球列島の個体群と和歌山をはじめとした琉球列島以北の個体群で遺伝的な差異があることがわかっています。ですので、現在は外見でひとまとめに「ヒモハゼ」と考えていても何万年、何百万年もすれば2種類以上に分かれるかもしれません。そのような遺伝的な違い、多様性を重視して不用意な生息域の撹乱がないように注意していかなければいけません。もちろん、別の地域のヒモハゼを持ち込むようなことは駄目です。
 飼育は案外簡単で、口に入るサイズであれば動物性のエサは何でも食べますし、穴を掘る生きものと同居させなくても平気で生活します。ただし、小さく、細く、臆病な性格なので展示にはまったく向かない魚であることが飼育担当泣かせです。春先にまとまって採集できるため、何度も(ほぼ毎年)展示していますが、水槽の奥の方で砂に潜ってジッとしています。慣れてくると今度は水槽から飛び出して干物になってしまったり、展示水槽の配水管を通って、裏側の暗い濾過槽へ移動し、いつの間にか人間に見られるというストレスのない生活を楽しんだりしています。水槽から逃げ出さないようにメッシュを張っても目合いが細かすぎると目詰まりを起こし、大きいとヒモハゼが抜けていきます。
 ヒモハゼを一年通して展示できるような方法を考えていますが、こういう「季節限定」の魚がいてもいいのかもしれません。
(自然博物館だよりVol.33 No.1,2015年)


55 スミウキゴリ (墨浮鮴)

スズキ目ハゼ科ウキゴリ属

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スミウキゴリGymnogobius petschiliensis (RENDAHL, 1924)は、日本海・東シナ海側では、青森県から九州南部にかけて、太平洋側では北海道日高地方から渡島半島周辺と青森県から九州南部、屋久島までに分布し、河川下流域の淡水から汽水域に生息する体長10-15㎝程度のハゼ科魚類です。第1背鰭に目立つ黒斑がないこと、尾鰭基底部にある黒斑が大きく「三角形」であることが特徴です。しかし外見での区別、特に未成魚の判別は難しく、かつてはウキゴリG. urotaenia (HILGENDORF, 1879)(館だよりVol.27 No.1 「紀州の鯊30」参照)が「ウキゴリ淡水型」、シマウキゴリG. opperiens STEVENSON, 2002が「ウキゴリ中流型」、本種が「ウキゴリ汽水型」と呼ばれていた事があります。このうちシマウキゴリは福井県や茨城県より北に分布しているので和歌山県内で見かけることは、まずありません。
 スミウキゴリは、和歌山県では南部の汽水域や河川の中下流域に多く見られ、産卵期は早春から初夏とされています。繁殖期になるとオスは第1背鰭の縁辺部が黄色くなり、メスは腹部が黄色からオレンジ色を帯びます。春から梅雨時期にかけて海から遡上してくる本種の稚魚を見ることができます。「浮きゴリ」と呼ばれるように水中をフワフワと浮いていることが多く、特に稚魚は一度着底した後でも群がりを作って浮いていることがあります。このような状態で淀みなど流れの緩い場所でサツキハゼやゴマハゼ、ビリンゴ等と混群を作っていることがあります。ただし、私がよく行く汽水域では、スミウキゴリの稚魚は一度汽水域に入ってしまうと、サツキハゼやビリンゴの稚魚のように再び海域に出ていく様子はなく、汽水域に留まっているようにみえます。また、本種は体表にやや滑りがあるため、和歌山県南部の古座川では昔からウナギ釣りのエサとしては、チチブ類やヨシノボリ類に比べて敬遠されていたようです。スミウキゴリとしては、思わぬところで命拾いしたようですね。

  (自然博物館だよりVol.33 No.2,2015年)