56 ダテハゼ (伊達鯊)

スズキ目ハゼ科

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ダテハゼAmblyeleotris japonica TAKAGI, 1957は、日本海側では長崎県の対馬以南、太平洋側では千葉県以南の沿岸砂底や砂礫底に生息する体長10㎝程度の魚です。ダテハゼは、体がやや細長く尾鰭の先は尖ること、体側に5本の赤褐色の横帯があり頭部から背面にかけ青輝色の小班点が現れること等が特徴です。また、ニシキテッポウエビなどのテッポウエビ類と共生することが知られています。
 和歌山県では砂底が広がる少し大きな湾であればダテハゼを見ることができますが、水深が3m以深なので、普通は海に潜らないと会えません。水族館や熱帯魚愛好家にはお馴染みのハゼなのですが、淡水のハゼの研究から入門した私にとってはあまり縁もなく、また、何故か採集意欲をそそられないハゼです。ダテハゼは、飼育していると普通にきれいなハゼですし、テッポウエビ類との共生は面白いのですが、個人的な興味がどうしても他のハゼに行ってしまいがちです。何故なのでしょう。少々ダイバーや愛好家に人気がありすぎる、「伊達」ハゼの名前のとおり、ちょっと色彩が派手すぎる、案外と顔が厳ついなどの理由が考えられますが、私にも判りません。
 ダテハゼはニシキテッポウエビの巣に1個体、あるいはペアで共生していることがあります。また、ハナハゼPtereleotris hanae (JORDAN et SNYDER, 1901)も加えた三者共生も知られています。眼のあまりよくないテッポウエビは巣穴のオーナーで、常に巣の整備に徹しています。ダテハゼは巣穴周辺を警戒しつつ、尾鰭などをテッポウエビの触角など体の一部に触れさせて危険をいつでも知らせるようにしています。さらにハナハゼは「遊泳」することで、さらに遠くからの危険をいち早く察知してダテハゼやテッポウエビに知らせます。危険があれば真っ先にハナハゼが巣穴に飛び込み、テッポウエビが逃げて、最後にダテハゼが巣穴に入り込むようです。ただし、上記の3種がそれぞれペアで1つの巣穴を利用していることもあります。そうなると常に6個体の生物が出入りすることになるので、巣穴の修繕や警戒も大変になりそうです。
 そもそもテッポウエビの巣穴って、そんなに広く居心地が良いのでしょうか。ちょっと入ってみたいものですね。

 (自然博物館だよりVol.33 No.3,2015年)


57 ミナミサルハゼ (南猿鯊)

スズキ目ハゼ科

haze5-57minamisaru.jpgミナミサルハゼOxyurichthys lonchotus (JENKINS, 1903)は、琉球列島をはじめ黒潮の影響を受ける本州沿岸部や小笠原諸島に分布しています。本種は、体長10㎝ほどのサルハゼ属の魚類で、主に内湾や汽水域の砂泥底に生息します。
 ミナミサルハゼは、眼から口にかけてふくらみを帯び、唇も厚く、和名の通り「猿顔」です。尾鰭は長く矢じり状になり、眼の下から口にかけて黒い斑紋が現れること等が特徴です。
 和歌山県では田辺市より南の汽水域で見かけることが多く、当館でも何度か生体展示したことがあります。本種は、野外では狭い場所で多くの個体が確認できることがあります。おそらく適切な底質の場所に密集して生息しているのでしょう。このような事例は、沖縄島の汽水域でも経験しており、わずか数平方メートルの場所からミナミサルハゼばかり数十個体も採集できたことがあります。また、和歌山県の汽水域では、カマヒレマツゲハゼO. cornutus MCCULLOCH et WAITE, 1918も一緒に確認されることが多く、底質や巣穴の提供者(アナジャコ類やテッポウエビ類など)の影響があると考えられます。本種を水槽で飼育する際には、この底質の再現が大きな壁になります。また、常に淡水と海水が混じり、しかも濃度が変化する環境でないと長生きしてくれないので塩分濃度も重要です。このように当館での過去の飼育経験からも本種が「居住環境」にこだわりがあることが伺えます。その一方で本種の食性は、動物性からやや腐食したもの、植物性のものまで広く対応することがわかりました。
 ある汽水環境をみたとき、本種の生息できるような汽水域の底質は、泥中にも様々な生物が生息しており、多くの生物が利用できる良好な環境であるといえます。県内では本種の生息確認が増えているようで、汽水域を多様な生物が利用していることに期待できます。しかし、それ以上に気になることは、徐々に本種の確認地点が北上してきていることです。これは汽水環境の改善だけでなく、海水温の上昇や暖冬の影響による結果かもしれません。汽水域に突如現れた本種を「環境の多様性の現れ」と見るべきか、「環境の変化の現れ」と見るべきか、猿顔の彼らに本当のところを聞いてみたいものです。
(自然博物館だよりVol.33 No.4,2015年)


58 ホシノハゼ (星野鯊)

スズキ目ハゼ科

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ホシノハゼIstigobius hoshinonis (TANAKA, 1917)は、日本海側では富山県以南、太平洋側では千葉県以南に分布する体長12㎝ほどのクツワハゼ属の魚類です。ホシノハゼは、主に内湾の砂泥底や砂底に単独あるいはペアで生息しています。和歌山県内でも水深1-5m程度の比較的浅い砂泥底で、ごく普通に見ることができます。1917年に田中茂穂博士が本種の記載に用いた標本は、採集地が「紀伊國廣」となっているので、現在の和歌山県有田郡広川町の広のことでしょう。また、本種の和名は、採集者の「星野伊三郎 氏」に由来するとみられます。
 ホシノハゼは、眼の下に青輝色の斜帯があること、体側中央に大きな四角形あるいは「X」状の黒褐色斑が並び、その上下縁に黒褐色縦線があること等が特徴です。オスの第一背鰭には黒斑があり、メスや未成魚にはありません。また、一見したところクツワハゼIstigobius campbelli (JORDAN et SNYDER, 1901)によく似ていますが、頭部の斑紋や黒筋の現れ方で判別できます。体色や斑紋の違いから、かつては奄美大島から得られた本種の若魚に対して「ニセホシノハゼ」という和名が与えられていましたが、現在はホシノハゼにまとめられているようです。
 当館で生体展示しているハゼの仲間で、本種はやや大きく、攻撃性もあるため他のハゼや小型魚類と一緒に飼育しにくい種類です。しかし、クエやアカエイなどの大型魚類と本種を一緒にするとすぐに食べられてしまうので、なかなか展示する水槽のない魚のひとつと言えます。ホシノハゼにもう少し「協調性」があれば、他の小さな生きものたちと一緒にできるのですが。もちろん、こういうタイプの魚もしっかり飼育できる設備と水槽環境を整えてやることも忘れてはいけませんね。

 (自然博物館だよりVol.34 No1,2016年)


59 イソミミズハゼ (磯蚯蚓鯊)

スズキ目ハゼ科

haze5-59isomimizu.jpgイソミミズハゼLuciogobius sp.6は、日本海、東シナ海側では富山湾や能登半島から熊本県天草まで、太平洋側では岩手県から鹿児島県の屋久島までに分布する体長5㎝前後のミミズハゼ属の魚類です。沿岸から汽水域の淡水がわき出すような場所に生息しています。学名をみてわかるとおり、まだ正式な学名が与えられておらず、ここでの表記は日本産魚類検索 第三版に従います。
 イソミミズハゼは、和歌山県内では紀の川河口や加太などの紀北地域から熊野灘に面した東牟婁郡までの沿岸に広く分布します。同属のミミズハゼL. guttatus GILL, 1859と一緒に採集できることもありますが、本種は塩分の濃い海よりの場所で、しかも真水が湧いている石の下など淡水の影響がある場所に現れるようです。本種は水域全体が汽水という状況よりも、海水の中でピンポイントで淡水が湧くような場所を好むようです。イソミミズハゼの特徴は、胸鰭の上方に遊離した軟条が1本あること、尾鰭の縁辺に白色や透明な縁取りが明確にあること、脊椎骨数が36または37であることが特徴ですが、外見からの判別は慣れないと相当困難です。
 当自然博物館の展示水槽で飼育すると両者の違いはもう少し顕著に現れます。ミミズハゼは、慣れてくると外敵(捕食者)のいない水槽内では、明るくても堂々と姿を現し、時にはエサを催促するような行動を見せますが、イソミミズハゼは水槽に入れたが最後、どこに行ったのか姿が見えなくなります。底の砂に潜り込んだり、排水パイプから水槽裏の濾過槽へ逃げ出したり、彼らが「展示向きでない生きもの」であることは何度も思い知らされています。また、飼育しているとミミズハゼはどんどん大きくなり成長するのですが、イソミミズハゼはなかなか成長した様子を確認できず、急に死んでしまうこともしばしばあります。人間がみて「似たような魚」であっても、同じようには飼えないのです。いや、「似たような魚」だからこそ、厳密な生息環境やエサの違いが生まれているのかもしれません。実は、イソミミズハゼには、まだいくつかわかっていない種が混じっている混成種群である可能性があります。将来的に、今の「イソミミズハゼ」には別の名前が付いたり、和歌山県で見られる種には違う名前が付くかもしれません。人間から見たらそっくりの魚たちですが、彼らはちゃんと仲間を見分けて繁殖できているんですよね。その見分けるポイントを教えて欲しいものです。
 「イソミミズハゼ」、奥が深すぎます。
(自然博物館だよりVol.34 No.2,2016年)


60 シラスウオ類 (白子魚類)

スズキ目シラスウオ科

haze5-60shirasuuo.jpgシラスウオ類Schindleria sp.は、ハゼ亜目シラスウオ科に属するハゼの仲間です。日本では沖縄島以南の熱帯、亜熱帯域の海に生息する魚類とされていましたが、2012年に和歌山県東牟婁郡串本町から採集、確認することができたため、和歌山県以南の太平洋沿岸に現れると考えられます。世界では主に紅海、インド洋、太平洋で確認されており、串本での記録は紅海に次いで高緯度からの記録になります。また、シラスウオ類と呼ばれるように分類が定まっておらず、いくつかの種が含まれていると考えられています。
 シラスウオ類は体長25mm程度で細長く、腹鰭はなく体に目立った色素もありません。ただ尾鰭につながる最後の脊椎骨が長く、その脊椎骨とその前の脊椎骨の接合部分が膨らむこと、一般にオスの生殖突起が大きいこと等が特徴です。また、シラスウオ類は孵化後約3-4ヶ月程度で成魚になり繁殖に加わって一生を終えると考えられ、もっとも短命で、小さい脊椎動物の仲間と言えます。短時間の一生を過ごすためなのか、鱗もなく、仔魚に近い形態のまま成魚になります。このような現象を幼形成熟(ネオテニー)と言い、シロウオLeucopsarion petersii HILGENDORF, 1880(紀州の鯊1「館だよりVol.18 No.2」)やキュウリウオ目シラウオ科のシラウオSalangichthys(Salangichthys) microdonも同じです。このように外部の特徴があまりないのですが、オスの生殖突起の形状からいくつかの種がいることが予想されてきました。さらに遺伝学的研究により、シラスウオ類はさらに細かく分かれそうであることが明らかになっています。会うことも難しいのですが、見分けることはもっと難しそうです。
 シラスウオ類は、海での生活は不明です。ダイバーなどによって記録されたことも、ほぼ無いようですし、そもそも昼間はサンゴ礁の下の方や礫底の中に潜んでいるそうです。夜間になると活動するようですが、詳細はわかりません。ただ、外洋に近い穏やかな漁港などで集魚灯を灯して待っていると現れることがあるようです。沖縄では大量に現れることもあるようですが、和歌山では片手で足りる程の個体数しか取ったことがありません。紀伊半島に現れるシラスウオ類は、偶然黒潮にのって流されてきたシラスウオ類かもしれませんが、卵巣が大きなメスも確認できています。彼らのライフサイクルを考えると、紀伊半島沿岸で産卵している可能性が十分にあります。何種類かいるであろうシラスウオ類のうち、海流に乗りながら分散を繰り返していくような種がいても面白いかもしれません。
  (自然博物館だよりVol.34 No.3,2016年)