6 カワヨシノボリ (川葦登)

スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属

kawayoshinobori.jpg カワヨシノボリRhinogobius flumineusは、静岡県・富山県以西の本州、四国、九州の河川に分布している体長6cmほどの日本固有のハゼ科魚類です。カワヨシノボリの特徴は、胸鰭(むなびれ)の鰭条数(きじょうすう)が17本以下で、他のヨシノボリよりも少ないこと、顔に小さな赤い点々があることなどが挙げられますが、一番の特徴はその生活史にあります。カワヨシノボリは、ヨシノボリの仲間では珍しく、一生を川や池の中で過ごす純淡水魚です。普通のヨシノボリの仲間は、卵から生まれたら一度海へ下(くだ)り、再び川へ戻って成長する両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)と呼ばれる生活を送りますが、一生を川で過ごすカワヨシノボリの生活は、河川陸封型(かせんりくふうがた)などと呼ばれます。
 カワヨシノボリは、和歌山県のほとんどの河川で中流域~上流域にかけて生息しています。私が川に潜って見ている限り、どちらかというと流れの強い場所では多く見ることができない印象があります。また、川の途中にダムがあっても海へ下る必要がないため、和歌山のダム上流部にはカワヨシノボリが多く住んでいます。
 ところで、シマヨシノボリ(紀州の鯊5 参照)と同じヨシノボリなのにどうして海へ下りないで生活できるのか?ここにカワヨシノボリ独特の生活があります。普通、ヨシノボリの卵は楕円(だえん)に近い形で2~3㎜程度の大きさです。そこから孵化(ふか)する仔魚は小さく、全長3㎜ほどです。ところがカワヨシノボリの卵は約5㎜と大きく、孵化した仔魚(しぎょ)は7~8㎜で卵黄(らんおう)を持っているものの、親とほぼ同じような格好をしています。カワヨシノボリの仔魚は、小さな卵から孵化した仔魚のようにフワフワと水中を漂って下流へ流されることもなく、はじめからハゼらしく、力強く?水底での生活を始めます。
 私は和歌山へ来るまであまりカワヨシノボリを採ったことがなかったので、このような生活史をもつカワヨシノボリは、ため池や野池には沢山いるだろうと思っていたのですが、意外と少ない感じがしています。案外、カワヨシノボリは水の出入りが少なく、浅くて水温差の激しい水域は苦手なのかもしれません。もちろん、昔からカワヨシノボリが和歌山のため池に少なかったのかどうかを考えるときに、最近のため池環境の悪化を無視することはできません。
 カワヨシノボリをはじめ、小さな魚が住めるため池や水路は近年激減しています。環境の悪化(移入生物の侵入も含めて)はもちろん、生息水域自体が埋め立てられたりしています。我々人間の行う急速な環境破壊やそれに対する保護活動を、敢えて一生を川の中で過ごすことに決めた(もちろん意図的に決めた事ではありませんが)カワヨシノボリはどんな風に見ているのか、聞いてみたいものです。
(自然博物館だよりVol.20 No.2,2002年)


7 ミナミイソハゼ (南磯鯊)

スズキ目ハゼ科イソハゼ属

minamiisohaze.jpg ミナミイソハゼEviota japonica は、紀伊半島(きいはんとう)から琉球列島(りゅうきゅうれっとう)にかけて主に黒潮(くろしお)の影響(えいきょう)を受ける海岸に分布しているハゼ科魚類です。一生を海水中ですごすミナミイソハゼは成長しても体長3cmほどの小さなハゼで、複雑(ふくざつ)に入り組んだ岩場に生息しているので見つけにくい魚です。そのためか、ミナミイソハゼが紀伊半島で見つかったのは最近のことで、和歌山県では2001年に私と串本海中公園(くしもとかいちゅうこうえん)の方が見つけたのが最初だと思われます。このときも、流木の隙間(すきま)やカキ殻(がら)の間に入り込んでなかなか多くの個体を採集することは難しい状況でした。
 ミナミイソハゼは、体全体が緑色がかった透明感(とうめいかん)のある色をしており、朱色(しゅいろ)や赤褐色(せきかっしょく)の小さな斑点(はんてん)がある美しいハゼです。左右の腹鰭(はらびれ)は吸盤(きゅうばん)のように癒合(ゆごう)しておらず、眼の後方に楕円(だえん)の暗色斑紋(あんしょくはんもん)があることが特徴(とくちょう)です。また、臀鰭(しりびれ)の鰭条数(きじょうすう)や第1背鰭(せびれ)の状態からも他のイソハゼ属と区別できます。
 イソハゼ属は、一般に体が小さく、似(に)た体色のものが多い上、似たような環境に生息していて、最近までいくつもの種類がごちゃ混ぜになっている状態でした。ここ最近、魚類研究者やダイバーの活躍(かつやく)によって日本沿岸には30種前後のイソハゼ属魚類が生息していることが分かってきました。水中で観察しているとあまり人を恐れないので、スキューバダイビングの普及によって研究が進んだ魚類の一つといえます。小さいながらも美しい体をもつイソハゼの仲間は、水中写真の格好(かっこう)の被写体(ひしゃたい)にもなっています。
 しかし、これらミナミイソハゼを含むイソハゼ属の多くは生態的に不明な点が多く、更(さら)なる調査、研究が待たれています。和歌山県沿岸にも多くのイソハゼ属が岩場やサンゴ群落(ぐんらく)の周辺に生息しており、たまたま海流によって流されて来た種類も含めると、かなりの種類がいると考えられます。私もこの夏に和歌山の磯で美しいイソハゼ属を取り逃がしてしまいました。皆様も磯遊びの際は注意して見ていたら意外な出会いがあるかもしれません。その時は教えてくださいね。
(自然博物館だよりVol.20 No.3,2002年)


8 イドミミズハゼ (井戸蚯蚓鯊)

スズキ目ハゼ科ミミズハゼ属

idomimizuhaze2.jpg イドミミズハゼLuciogobius pallidus は、静岡県や新潟県、三重県、和歌山県、兵庫県、高知県などの潮間帯(ちょうかんたい)、あるいは井戸など地下水の湧(わ)き出る場所に現れる体長5cmほどのハゼ科魚類です。イドミミズハゼという名前も井戸の中から見つかったミミズハゼの仲間ということに由来(ゆらい)します。イドミミズハゼは、主に地下水にすんでいると考えられていますが、人目(ひとめ)に触(ふ)れる機会が少なく、その生態(せいたい)については不明な点が多くあります。日の当たらない地下水にすんでいるため、目は退化(たいか)して小さくなり、体色は肌色(はだいろ)やオレンジ色をしています。実際には海岸や河口にも現れるのですが、素早(すばや)く砂の中に潜(もぐ)り込んで隠(かく)れます。
 イドミミズハゼは卵(たまご)から孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)が海へ行って成長し、再び川(地下水)へ戻る両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送ると思われていますが、実際のところ謎(なぞ)に包(つつ)まれたままです。
 イドミミズハゼは、和歌山県でもいくつかの場所で見つかっていますが、いずれも地下水の豊富(ほうふ)に湧(わ)き出す場所でした。また、今は埋(う)められてしまった紀ノ川の六十谷(むそた)の堰(せき)付近にも生息が確認されていました。イドミミズハゼのように水産的価値(すいさんてきかち)の低い生物は人知れずいなくなってしまうこともあるのでしょう。
 考えてみると、川や海以外にも地下水という大きな水域(すいいき)が存在することを我々(われわれ)は忘(わす)れがちです。普段の生活でも井戸の存在が薄れ、地下水など見る機会は減(へ)りましたが、自然の生き物にとってはしっかりとした存在感があるようです。こういう地下水に生きる生き物に出会うと、改(あらた)めて地下水の存在と生き物の適応力(てきおうりょく)を感じます。
(自然博物館だよりVol.20 No4,2002年より改訂)
*イドミミズハゼは2014年に環境省のレッドデータブックで準絶滅危惧に、2012年和歌山県版レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されました。


9 ミミズハゼ (蚯蚓鯊)

スズキ目ハゼ科ミミズハゼ属

mimizuhaze.jpg ミミズハゼ Luciogobius guttatusは、国内では北海道から沖縄県西表島(いりおもてじま)に、国外では朝鮮半島(ちょうせんはんとう)や中国に分布している通常、体長4~6cmほどのハゼ科魚類です。主に河口域や潮溜(しおだ)まりの砂利や石の多い場所に生息しています。体は細長く、赤茶色(あかちゃいろ)や黒っぽい色をしていてます。ミミズハゼは、ハゼの仲間では珍(めず)しく背鰭(せびれ)が一基(いっき)のみで、体の後ろの方にあります。ハゼの仲間なので腹鰭(はらびれ)は一応、吸盤状(きゅうばんじょう)になっていますが、砂や石の間を動き回っているうちは腹鰭で吸(す)い付くような動きは見られません。体をくねらせて砂利の中へ潜(もぐ)っていく様子は魚と言うより本当にミミズのようです。成熟(せいじゅく)したミミズハゼのオスは、頭部の筋肉(きんにく)が発達して扁平(へんぺい)し、潰(つぶ)れてしわくちゃになったように見えます。そのためか、ミミズハゼは地域ごとに「頭が潰れている」とか「頭の平らな」という意味合いの方言名で呼ばれることが多いようです。方言名が多いということは、案外我々人間とつき合いの長いハゼなのかもしれませんね。
 ミミズハゼは、両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活を送るとされ、小さな動物を食べる肉食魚であるとされています。自然博物館でも十個体近くのミミズハゼを飼育しているのですが、普段は砂や石の陰(かげ)に隠(かく)れて見えないので、お客さんもなかなか探(さが)すことが出来ません。また、ミミズハゼの産卵、卵保護(らんほご)は他の多くのハゼ科魚類が行うように、オスが石の下に穴を掘(ほ)って、その天井(てんじょう)にメスが卵を産みつけ、オスがそれを守るという様式のようです。あいにく私はミミズハゼの卵保護の現場を確認したことがないので何とも言えませんが、いわゆる「ハゼ体型」からかけ離(はな)れても、このへんの生態(せいたい)は一緒なんですね。
 このミミズハゼですが、実はいくつかの種(しゅ)が混ざっているとも言われています。全国の海や川などで見られるので、長い時間の中で地域ごとに変化が出てきたのか、それとも元々あまり見た目が変わらない、いくつかの種をまとめて「ミミズハゼ」と呼んでいるのか謎です。最近は遺伝的(いでんてき)な研究や形態(けいたい)的、生態的な研究も加わって研究者の間で再検討(さいけんとう)が行われています。以前からミミズハゼの仲間は、まだ新しい種類がいると言われていました。皆さんの地域のミミズハゼは果たしてミミズハゼでしょうか?それとも・・・。
(自然博物館だよりVol.21 No.1,2003年)


10 サツキハゼ (皐月鯊)

スズキ目クロユリハゼ科サツキハゼ属

satsukihaze.jpg サツキハゼParioglossus dotuiは国内では日本海側が石川県以南、太平洋側が千葉県以南から沖縄(おきなわ)県の八重山諸島(やえやましょとう)にまで分布している体長4cmほどのオオメワラスボ科の魚類です。国外では韓国(かんこく)の南部、済州(チェジュ)島に分布しています。主に河口の汽水域(きすいいき)や波の穏(おだ)やかな内湾に生息しています。サツキハゼの体には吻端(ふんたん)から眼(め)を通って尾鰭(おびれ)の付け根まで黒い帯(おび)が続きます。サツキハゼは繁殖期(はんしょくき)になると尾鰭や背鰭(せびれ)の縁(ふち)がオレンジ色になり、体は緑色(みどりいろ)から鴬色(うぐいすいろ)になります。この時の体色が五月(さつき)の新緑(しんりょく)を連想(れんそう)させるのでサツキハゼの名が付いたようです。また、頬(ほお)の部分の青輝色(せいきしょく)の斑紋(はんもん)がハッキリしてきて、薄暗い水中では非常に目立ちます。
 サツキハゼは、最近ハゼ科からハゼ亜目(あもく)オオメワラスボ科に属(ぞく)することになりました。ハゼ科からは外れましたが、「紀州の鯊」いわゆるハゼの仲間には違いありませんので、このページでも紹介します。確かに今まで紹介したハゼ科のハゼたちとはちょっと違う形態(けいたい)をしています。例えば眼(め)は頭部の側面にあり、体は細長く、腹鰭(はらびれ)は吸盤状(きゅうばんじょう)ではありません。これは、水底にくっついて生活するのではなく、泳ぎ回って生活する事に適(てき)しています。また、サツキハゼは水中に漂(ただよ)う小さな動物を食べる肉食性魚類です。水槽で飼育していると底に落ちたエサもよく食べていますが、基本的には流れてきたモノを泳ぎながら捕(と)らえて食べるようです。このへんも一般のハゼ科魚類とは違うようです。
 サツキハゼは数十から数百個体の群(むれ)を作って生活していることが多く、その中には大きな個体から小さな個体まで様々な年級(ねんきゅう)(年齢(ねんれい))群(ぐん)が混ざっていると思われます。初夏の頃には繁殖期(はんしょくき)を迎え、ペアになったサツキハゼはカキの殻(から)や竹筒(たけづつ)など、ある程度閉鎖(へいさ)された空間で産卵を行います。このサツキハゼの繁殖期に水中に潜ってみると、「五月の新緑」までは連想できなくても、腹部の白と鰭(ひれ)のオレンジ色、背面の鴬色の美しい色彩(しきさい)にはしばし見とれてしまいます。
(自然博物館だよりVol.21 No.2,2003年より改訂)
*2015年現在、サツキハゼはオオメワラスボ科ではなく、クロユリハゼ科に属しています。