11 チクゼンハゼ (筑前鯊)

スズキ目ハゼ科ウキゴリ属

chikuzenhaze.jpg チクゼンハゼGymnogobius uchidai (TAKAGI)は、北海道有珠(うす)湾から鹿児島県に分布しているウキゴリ属のハゼです。主に河口域などの干潟(ひがた)に生息します。しかし、どのような干潟でも良いわけではなく、周辺環境が良好で川から流れ込む淡水も豊富であり、底質(ていしつ)は砂混じりの泥(どろ)でなければいけません。このような干潟環境は急激(きゅうげき)に減少(げんしょう)しつつあるため環境省(かんきょうしょう)のレッドデータブック(2014)では絶滅危惧種Ⅱ類(VU)に、また都道府県単位で出されているレッドデータブックでも絶滅危惧種として取り上げられる事が多くあります。和歌山県内における分布も非常に局所的(きょくしょてき)であり、危機的なものであるということで、2012年和歌山県版レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に選定されました。
 チクゼンハゼは体長4㎝ほどの小さなハゼです。顎(あご)の下に一対(いっつい)のヒゲ(皮弁(ひべん))があることが特徴で、体色は白から飴色(あめいろ)、背から体側にかけて虫食い状の斑紋(はんもん)が現れます。同所的に住むアナジャコ類やスナモグリといった甲殻類(こうかくるい)の巣穴を利用して生活しています。現在のところ、この利用状況がどのようなものなのか(常に利用しているのか、共生かなど)は明らかになっていませんが、少なくともこれら甲殻類が十分に生活できる環境が、チクゼンハゼ生息の最低条件になっているようです。事実、和歌山県内でチクゼンハゼを確認した場所は、ニホンスナモグリやテッポウエビが豊富に生息しており、チクゼンハゼがこれら甲殻類を伴(とも)なわずに確認できた事はありません。
 チクゼンハゼは、もともと都市部の干潟にも、たくさん生息していたようです。東京、名古屋、大阪、広島、福岡などの大都市をはじめ、我々人間の生活は海辺や大きな河川の河口部などに集中する傾向(けいこう)があり、いずれも河口、汽水域と密接に結びついています。過去の記録では、これら都市部周辺の干潟でもチクゼンハゼが普通に生息していたようです。しかし現在はその多くの場所で絶滅、あるいは絶滅の危機を迎えています。和歌山県でも同様の傾向があるようです。
 この小さなハゼは、我々人間の生活に翻弄(ほんろう)されながら脈々(みゃくみゃく)と生き延びてきました。生息域が既(すで)に局所的になっていることは、隣接する生息域との連携(れんけい)が脆弱(ぜいじゃく)になり、遺伝的(いでんてき)な多様性や資源回復力の低下が心配されます。和歌山のチクゼンハゼの生息地は関西地域でも最大規模ではないかと聞いたことがあります。もし、この生息地が失われた場合、瀬戸内や東海地方、四国地方の個体群へ与える影響は大きく、我々人間も取り返しのつかない誤(あやま)りをしてしまった事になるでしょう。
(自然博物館だよりVol.21 No.3,2003年より改訂)


12 ドンコ (呑子・貪子)

スズキ目ドンコ科ドンコ属

haze5-12donko.jpg ドンコOdontobutis obscuraは、本州中部以西の四国、九州までに分布するドンコ属のハゼです。国外からは中国大陸南部に生息しています。一生を川や池などの淡水域で過ごす純淡水魚です。
 体つきはずんぐりしていて、第1背鰭(せびれ)と第2背鰭の間に暗色(黒色)斑があります。また、両眼や頬(ほお)に孔器列(こうきれつ)があります。カワアナゴ科の仲間に外見が似た種類がありますが、ドンコの方が顔つきに丸みがあり、慣(な)れてくると見分けがつくようになります。また、鱗(うろこ)の後縁(こうえん)が敷石状(しきいしじょう)であることでも区別できる点の一つです。
 ドンコは、基本的に夜行性の魚で昼間は石の陰(かげ)や倒木(とうぼく)の脇に隠(かく)れていますが、夜になると活発に動き出してエビや小魚を食べます。日本の河川にすむハゼの中では大型になる種で、体長は20㎝を超(こ)える個体もあります。また、完全に肉食性で、しかも生きたものしか食べません。そのため飼育の際には餌付(えづ)けが難しく、家庭での飼育の際に苦労される方も多いようです。実際には空腹になると目の前に落とされた死にエサ(乾燥(かんそう)エビや鶏(とり)のササミ等)も食べるようになり飼育は可能ですが、空腹でないと飼育されているストレスもあって、餌自体をなかなか食べませんし、空腹になりすぎると餓死(がし)してしまいますので、このへんの見極(みきわ)めが難しいところのようです。
 また、ドンコは、なわばりを持つので、狭(せま)い水槽に多くの個体を入れるとケンカをして、最悪の場合、共食(ともぐ)いをして全て死んでしまいます(最後に残った大型個体同士がかみ合った状態で動けなくなり、呼吸困難(こきゅうこんなん)でかんだ方も、かまれた方も死んでしまいます)。こういう事を起こさないように一個体で飼育するか、広いスペースに隠れ家をつくって、ゆったり飼うかのどちらかです。産卵期(さんらんき)になると求愛行動(きゅうあいこうどう)の一環としてグーグーと鳴(な)く(音を出す)事もあるので、ペアで飼育すると面白いのですが、産卵期以外はメスもケンカ相手になるので注意が必要です。また、ドンコは河川改修(かせんかいしゅう)や農薬散布(のうやくさんぷ)による餌不足、環境の悪化で日本各地で数が減少しています。肉食魚であるため、餌動物(えさどうぶつ)の減少(げんしょう)がすぐにドンコ自身の生活に影響(えいきょう)します。
 2002年には島根県と山口県の河川からイシドンコOdontobutis hikimiusという新種のドンコが見つかりました。今までは地方変異(ちほうへんい)の個体群(こたいぐん)とされていたようですが、遺伝的(いでんてき)な研究により朝鮮半島の近似種(きんじしゅ)とも、我々が知っているドンコとも違うということが証明されたようです。これで日本のドンコ属は2種になったわけです。案外、一生を川で過ごす生物は外部と遮断(しゃだん)されやすいため、地方独自の分化(ぶんか)が起き、現在も新しい種へ発展中の集団がたくさんあるようです。そんな意味からも和歌山のドンコ達を守っていきたいものです。
(自然博物館館だよりVol.21 No.4,2003年より改訂)
*2012年和歌山県版レッドデータブックで準絶滅危惧種に選定されました。


13 タビラクチ (田平口)

スズキ目ハゼ科タビラクチ属

haze5-13tabirakuchi.jpg タビラクチApocryptodon punctatusは、有明海(ありあけかい)・八代海(やつしろかい)と瀬戸内海の一部、三重県の一部に生息するハゼの仲間です。名前だけでは何の仲間かわからないような名前ですが、腹鰭(はらびれ)も癒合(ゆごう)し、背鰭(せびれ)も二基(にき)というハゼらしい特徴(とくちょう)をもつハゼです。口は大きく、やや下側にあり、カエルのような顔つきをしています。体長は成魚(せいぎょ)で6cm前後のハゼです。タビラクチの生息場所は、泥の中まで黒くならず(好気性(こうきせい))、硫化水素(りゅうかすいそ)を発生しないような汚染されていない干潟です。近年では、そのような場所は数を減(へ)らし、瀬戸内海では点々と分断されたように生息地があるだけです。
 このタビラクチ、じつは一時、和歌山県の個体群(こたいぐん)は全滅(ぜんめつ)したと言われていました。唯一(ゆいいつ)県内で生息が確認されていた干潟が公園として整備されてしまい、干潟の泥質が変化したからです。しかし、最近の当館の調査によってタビラクチの生息を再確認できました。以前に比べ個体数は非常に少ないと思いますが、わずかに残されていたきれいな泥状干潟にタビラクチが残っていました。その後、有田川の河口干潟からもタビラクチが確認されましたが、こちらも非常に生息数は少ないようです。
 タビラクチが生息する干潟ですが、どんな干潟でも良いというわけではないようです。ひとくちに干潟と言っても、その形成過程(けいせいかてい)等により様々な性格の干潟があります。河口に上流からの堆積物(たいせきぶつ)によってできたもの、海岸に波によってできたもの、さらに干潟を形成するものが泥であるか、砂であるか、アシのような抽水植物(ちゅうすいしょくぶつ)が繁茂(はんも)する干潟など、それぞれの中間的な状態を含めると非常に多様です。
 タビラクチは汽水環境(きすいかんきょう)にある泥干潟、それも泥の中に非常に多くの生き物が住み、常にかき混ぜられ、嫌気層(けんきそう)をつくらない様な場所でなければ生息できません。周囲に泥干潟はたくさんあっても、河川からの流入水が生活排水(せいかつはいすい)等のために非常に栄養価(えいようか)が高く、干潟の微生物(びせいぶつ)だけで分解しきれない量だと急激(きゅうげき)に干潟の富栄養化(ふえいようか)が進み、泥の中に嫌気層が形成され硫化水素を発生します。こうなると、たとえ同じような泥干潟であってもタビラクチは死滅(しめつ)します。このようにして、現在の日本では非常に生息場所が限定されてしまっている事が、タビラクチが環境省のレッドデータブックに絶滅危惧(ぜつめつきぐ)のひとつとして挙げられている理由です。
 和歌山県にすむタビラクチは、日本のタビラクチの分布域の東端(とうたん)の個体群にあたります。和歌山県内の生息域は、恐らくわずか二ヶ所だと思います。しかし両方とも我々人間の生活の場に近く、開発の計画も後を絶(た)ちません。「いずれ消えてしまうもの、いなくなっても関係ないもの」と考える前に、タビラクチからの警告(けいこく)と失われていく和歌山の自然について考えてみてもよいのではないでしょうか?
(自然博物館だよりVol.22 No.1,2004年より改訂)
*タビラクチは、2014年の環境省のレッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に、2012年和歌山県版レッドデータブックで絶滅危惧Ⅰ類に選定されました。


14 カワアナゴ (川穴子)

スズキ目カワアナゴ科カワアナゴ属

haze5-14kawaanago.jpg カワアナゴEleotris oxycephalaは、太平洋側では栃木(とちぎ)県の河川から、日本海側では福井県から鹿児島県の種子島(たねがしま)にまで分布するカワアナゴ科の魚です。主に淡水域に生息しますが、汽水域(きすいいき)からも現れることがあります。夜行性の肉食魚で、ハゼの仲間では大型の種です。カワアナゴという名前をしていますが、アナゴのようにひも状の体ではなく、ハゼの仲間です。頭部を上から見るとアナゴに似ていたからという説がありますが、いかがでしょうか。
 カワアナゴ属は、どの種も外見が似(に)ていますが、頭部にある孔器列(こうきれつ)の位置や胸鰭(むなびれ)や尾鰭(おびれ)の斑紋(はんもん)等で分類されています。また、腹鰭(はらびれ)が吸盤状(きゅばんじょう)になっていない事もカワアナゴ属の特徴です。和歌山県では河川の下流域から河口汽水域で見ることができますが、河口に大きな堰(せき)があると遡上力(そじょうりょく)がないのか、あまりその堰の上では見ることができません。ですからカワアナゴを多く見かけるのは、自然環境の状態が良い和歌山県中、南部の河川です。また、岸辺の草木が水没していたり、川面を覆(おお)うような場所でもよく見られます。
 一見、地味な魚のようですが茶色っぽい体色は、水中にある倒木(とうぼく)や水没した枯れ草、枯れ木によく溶け込んで見事な保護色になっています。また、背面だけが明るい色に変化する事もあり、砂地や岩場にいると見落としがちです。こうして餌になる小動物(エビや小魚)を待ち伏せているようです。
 繁殖期(はんしょくき)になると、背鰭や臀鰭(しりびれ)の縁(ふち)が黄色から朱色に染まって美しい姿(すがた)になります。カワアナゴは、川底にある岩の裏側等に、非常に小さな卵を大量に産み、オス親が孵化(ふか)まで保護します。産まれた仔魚は直ちに海へ下り、そこで成長して再び川へ戻ってくる両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送ります。孵化したてのカワアナゴの仔魚は、全長が1mm程で、魚の中でも非常に小さな仔魚の部類に当たるのですが、海でどの様な生活を送って川へ戻ってくるのかは謎です。あまりに小さすぎるため仔魚の飼育も今まで困難(こんなん)でしたが、最近飼育に成功したという話を耳にしました。カワアナゴ属の謎(なぞ)は、これから明らかになっていくことでしょう。楽しみです。
(自然博物館だよりVol.22 No.2,2004年より改訂)
*2009年3月現在、卵から孵化させたカワアナゴ仔魚は、飼育が可能になり、それにより野外での仔稚魚の採集と研究も大きく進んでいます。


15 ゴクラクハゼ (極楽鯊)

スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属

haze5-15gokuraku1.jpg ゴクラクハゼRhinogobius giurinusは、太平洋側では茨城県(いばらきけん)、日本海側では石川県以南、沖縄県(おきなわけん)の南西諸島(なんせいしょとう)にまで分布するヨシノボリ属のハゼです。国外からは朝鮮半島、中国、台湾から知られています。この「紀州の鯊(はぜ)」コーナーではお馴染(なじ)みの両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送るハゼなので、ゴクラクハゼは我々にとって「川にいる魚」という印象(いんしょう)が強いハゼです。体長は大きくても10cm程で、背鰭(せびれ)の前にある鱗(うろこ)の数や体の模様、顔の斑紋(はんもん)によって他のヨシノボリ属と区別できます。
 ゴクラクハゼは、和歌山県の河川下流でふつうに見ることができる淡水域(たんすいいき)の代表的なハゼのひとつです。また、小さな頃(ころ)は、マハゼやアシシロハゼと共に汽水域(きすいいき)に現れることもあります。オスは、繁殖期(はんしょくき)になると背鰭や臀鰭(しりびれ)が朱(しゅ)に染まり、顔の模様もクッキリしてきます。また川床(かわどこ)の石の下を掘って巣穴(すあな)をつくり、メスを呼び込みます。このあたりは多くのハゼの仲間と変わりませんね。
  このゴクラクハゼは河川の下流に見られるのですが、同じような場所にはシマヨシノボリやチチブなどが現れたりします。いずれも似たような生活史を送り、エサも同様ですが、吸盤状(きゅうばんじょう)になっている腹鰭(はらびれ)の形態(けいたい)から、より流れの強い場所にシマヨシノボリが、流れが緩(ゆる)く、時には海水の影響(えいきょう)も受けるような場所にはチチブが、そしてもっと海よりにはマハゼやアシシロハゼが・・・という具合(ぐあい)にすみ分けを行っているようです。もちろん、すみ分けはこれらの種類の組み合わせによって起こるので、他の種類がおらず下流にゴクラクハゼ一種類のみの場所では、流れのある場所や汽水域もゴクラクハゼが利用していることでしょう。
 どこの川でも普通に見られるゴクラクハゼだからこそ、色々な環境(かんきょう)で比較して観察ができます。一度近所の川を覗(のぞ)いてみてはいかがでしょうか?
(自然博物館だよりVol.22 No.3,2004年より改訂)