21 チチブ

スズキ目ハゼ科チチブ属

haze5-21chichibu.jpg チチブTridentiger obscurusは、河口域や河川の下流でよく見ることができるチチブ属のハゼです。チチブは、和歌山県内でもごく普通に見ることができるので、昔から「チチコ」や「ゴリキ(ハゼ類全般を含む)」と呼ばれて親しまれています。チチブの体色は全体に黒から褐色(かっしょく)で、通常時(あるいは幼魚(ようぎょ))は胸鰭(むなびれ)付近から尾柄部(びへいぶ)にかけての体側(たいそく)に暗色の縦帯(じゅうたい)があり、頭部には白小点が散在(さんざい)します。胸鰭の基部には黄色からオレンジ色の帯模様(おびもよう)が現れます。
 しかし、繁殖時(はんしょくじ)のオスは、体全体が黒っぽくなり第1背鰭(せびれ)の鰭条(きじょう)は糸状(いとじょう)に伸び、各鰭(かくひれ)は美しく朱(しゅ)や黄色で彩(いろど)られます。また、頭部の白点は一層引き立ち、飼育していると、明らかにいつもと違う状態(じょうたい)であることがわかります。こういう状態になると、もともと他の個体に対して排他的(はいたてき)(ケンカっ早い)なのですが、もう止まりません。なわばりへの侵入者(しんにゅうしゃ)が見えなくなるまで追い続け、つつき回します。相手と体格が拮抗(きっこう)している時は口を開け、鰭(ひれ)を立てて相手に自分の大きさをアピールします。見ているときれいなのですが、本人達は必死です。狭(せま)い水槽(すいそう)ではお互いの姿(すがた)が見えないような障害物(しょうがいぶつ)を入れておかないと、闘争(とうそう)の結果、死に至ることもあります。
 これらオスは、闘争後にメスを巣へと招き入れ、卵を産んでもらい、それを保護(ほご)しなければならないのですが、なかなか体力勝負です。オスが闘争している間、メスはエサを採り、体力を付けて産卵へ臨(のぞ)むのですが、もちろんオスの品定(しなさだ)めも忘れていません。つい先日も一番大きなオスではなく、中ぐらいのオスと大きなメスが寄(よ)り添(そ)っていました。前回の産卵の時に、一番大きなオスが卵の保護をすっぽかしてケンカばかりしていた事を覚(おぼ)えていたのでしょうか?数千にも及(およ)ぶ卵を任(まか)せるのですから、メスも真剣勝負ですよね。
(自然博物館だよりVol.24 No.2,2006年)


22 ヌマチチブ (沼チチブ)

スズキ目ハゼ科チチブ属

haze5-22numachichibu.jpg ヌマチチブTridentiger brevispinisは、北海道から九州の淡水から汽水域(きすいいき)でみられるハゼです。ヌマチチブは、前回(「紀州の鯊21」)紹介(しょうかい)したチチブ Tridentiger obscurusに外見が非常によく似(に)ていること、生息場所も一緒だったりする場合があることから続けて紹介します。
 ヌマチチブは、成長しても第1背鰭(せびれ)鰭条(きじょう)はあまり伸びず、ほおには白点がまばらに(チチブに比べて)あります。しかし体色変化も激(はげ)しく、一般的には見分けは困難(こんなん)です。また、ヌマチチブは、海と川の両方を利用する両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送りますが、ダム湖(こ)にも陸封(りくふう)されていることがあり、海とのつながりが無くても生活できるようです。
 有名な例(れい)としては、滋賀県(しがけん)の琵琶湖(びわこ)に侵入(しんにゅう)したヌマチチブがあります。もともとヌマチチブのいなかった琵琶湖に、数十年前に他の魚に混ざって放流されたのか、ヌマチチブが見られるようになりました。その後、ヌマチチブは、あっという間に琵琶湖沿岸の浅い場所で優占(ゆうせん)してしまいました。一般的に琵琶湖では、オオクチバスの被害(ひがい)が有名ですが、このヌマチチブもちゃっかり外部から定着(ていちゃく)した外来生物(がいらいせいぶつ)です。
 ところで、和歌山県内でのヌマチチブの分布は、主に河川の淡水域(たんすいいき)に偏(かたよ)っています。県内のほとんどの汽水域はチチブが生息しており、まるで「すみわけ」しているようです。一方で、最近の遺伝学的手法(いでんがくてきしゅほう)を用(もち)いた研究により、ヌマチチブとチチブは交雑(こうざつ)し、雑種(ざっしゅ)ができることが分かってきました。しかも、その交雑は自然状態で起こり、あちこちの地域でみられるようですから、ヌマチチブとチチブが外部形態で見分けがつかないのも無理はないと言う感じです。近い将来(しょうらい)、ヌマチチブとチチブの関係がどうなるのか、亜種(あしゅ)や同一種(どういつしゅ)となるのか、あるいは現状のまま2種に区別されていくのか。
 少なくとも当(とう)のヌマチチブとチチブは何食わぬ顔で日々たくましく生活しています。
(自然博物館だよりVol.24 No.3 ,2006年)


23 クモハゼ (蜘蛛鯊)

スズキ目ハゼ科クモハゼ属

haze5-23kumohaze.jpg クモハゼBathygobius fuscusは、サンゴ礁(しょう)や岩礁域(がんしょういき)から河口などの汽水(きすい)域まで、広く沿岸で見られるハゼ科魚類です。日本では、太平洋側では小笠原諸島(おがさわらしょとう)と房総半島(ぼうそうはんとう)以南、日本海側では石川県(いしかわけん)以南に分布することが知られています。雌雄(しゆう)ともに体型(たいけい)は太短く、第1背鰭(せびれ)の外縁(がいえん)に黄色(またはオレンジ色)帯があり、その下に黒褐色(こっかっしょく)の帯模様(もよう)があります。胸鰭(むなびれ)の上方に遊離軟条(ゆうりなんじょう)があることも特徴(とくちょう)の一つです。遊離軟条とは、ふつう鰭膜(きまく)でつながっている鰭条(きじょう)同士が鰭膜がないか、非常に未発達なために一本、一本独立している鰭条の事です。分類の際には大事な形質(けいしつ)の一つになります。
 クモハゼは当館の展示水槽でも周年(しゅうねん)展示されています。性格は好奇心旺盛(こうきしんおうせい)なので、中層(ちゅうそう)を泳ぐ魚と一緒に飼育すると、そのような魚をつつき殺してしまうこともありますが、クモハゼ同士だと飼育密度(しいくみつど)が高くても激しいケンカはしないようです。カワアナゴ属やチチブ属の激しい種内闘争(しゅないとうそう)や共食(ともぐ)いを考えると、他の魚をつつく行動は、あくまで「好奇心」の現(あらわ)れであって、基本的に攻撃的(こうげきてき)な性格ではないようです(あくまでも「ハゼの仲間の中では」の話ですが・・・)。
 クモハゼは、和歌山県の沿岸ではよく見られ、特に中部以南ではもっとも普通に見られるハゼの一つです。ちょっとした岩場やタイドプールには必ずと言っていいほど顔を見せます。ただ温暖化(おんだんか)の影響でしょうか。以前はあまりクモハゼの確認がなかった日高町や有田市周辺でも最近になって頻繁(ひんぱん)にクモハゼを見ることができるようになったと感じます。7,8年前までアゴハゼChaenogobius annularisやドロメChaenogobius gulosusが多かった場所が、いつの間にかクモハゼばかりになっている事もしばしばあります。クモハゼの分布域拡大の原因は、温暖化だけでなく、磯焼(いそや)けや大規模土木工事(だいきぼどぼくこうじ)による土砂(どしゃ)の流出、コンクリート護岸(ごがん)の整備(せいび)による沿岸部海底の環境変化(かんきょうへんか)の影響も大きいことでしょう。クモハゼの分布が本当に拡大しているのかどうか、これから調べていきたい課題の一つですが、もし事実であれば、その原因について私達はしっかり把握(はあく)しておく必要がありそうです。
(自然博物館だよりVol.24 No.4 ,2006年より改訂)


24 アゴハゼ (顎鯊)

スズキ目ハゼ科アゴハゼ属

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 アゴハゼChaenogobius annularisは、日本では北海道から鹿児島県の種子島(たねがしま)までに、国外では朝鮮半島(ちょうせんはんとう)に広く分布するハゼ科の魚です。アゴハゼの生息場所は、潮間帯(ちょうかんたい)などの浅い岩礁域(がんしょういき)で、潮溜(しおだ)まりでも普通に見られる種類の魚です。アゴハゼは、体長5cmほどで胸鰭(むなびれ)の上方に遊離軟条(ゆうりなんじょう)があること、胸鰭に黒い点列があること、尾鰭(おびれ)の後縁(こうえん)が白く縁取(ふちど)られないことなどで他のハゼ科魚類、特に外見がよく似ているドロメChaenogobius gulosusと区別できます。名前のとおり、成熟(せいじゅく)したオス個体は顎(あご)が発達してよく目立ちます。
 アゴハゼの産卵は、春に行われると考えられています。ですから、春から初夏の潮干狩(しおひが)りや海遊びの際に磯(いそ)や潮溜まりで本種の着底(ちゃくてい)前の仔魚(しぎょ)の群(む)れを見た方も多いと思います。アゴハゼの浮遊仔魚(ふゆうしぎょ)は、体長1cmほどで、体は全体に黒っぽく、尾鰭の付け根や背中の一部にオレンジ色や黄色の模様(もよう)が目立ちます。成長すると体は暗帯と明帯の縞模様が表れます。ただ、ドロメの仔魚も非常に似ており、混ざって泳いでいることが多いようで、明確にアゴハゼの仔魚と断定することは難しいかもしれません。とても身近で、普通に見られるハゼですが、案外(あんがい)わかっていないことが多いようです。
 アゴハゼは、和歌山県のほとんどの沿岸域(えんがんいき)で見ることができるのですが、砂底(さてい)や泥底(でいてい)をあまり好まないようで、転石(てんせき)の多い海岸で見ることができます。特に和歌山県中部以北の潮通(しおどお)しの良い岩場では多く見ることができました。しかし、以前(「紀州の鯊23」)も書かせていただいたとおり、砂底を好むクモハゼBathygobius fuscusや、暖(あたた)かい海を好むスジクモハゼBathygobius cocosensisが目立ち、本種は少なくなったように思います。特に市街地に近い海辺では、沿岸の開発や土砂の流入により、アゴハゼが好みそうな転石のある岩場が減(へ)ってきている様に思えます。ハゼ類の多くは水底の環境(かんきょう)に非常に敏感(びんかん)で、転石が土砂に埋(う)もれてしまったり、磯焼(いそや)け等で藻場(もば)が無くなるとすぐに生息種が変化します。今のところ、ちょっと市街地から離れた岩礁海岸(がんしょうかいがん)ではアゴハゼを普通に見ることができるので、ホッとしています。普通に見られる生きものほど、知らないうちにいなくなってしまうものなのかもしれません。今年は気を付けてアゴハゼの動向(どうこう)を探(さぐ)ろうと思います。

(自然博物館だよりVol.25 No.2 ,2007年)


25 キヌバリ (絹張)

スズキ目ハゼ科キヌバリ属

haze5-25kinubari.jpg キヌバリPterogobius elapoidesは青森県から九州の沿岸岩礁域に生息するキヌバリ属のハゼです。数個体から数十個体で群がりをつくり、岩礁域に生えるガラモなど海藻類の周辺を泳ぎ回っています。一般的なハゼと違って遊泳性で、見た目も鮮やかな体色であることから、「ハゼらしくないハゼ」としても知られています。キヌバリ属には以前に紹介したチャガラPterogobius zonoleucus(「紀州の鯊17」)のように派手な色彩と遊泳力のある「ハゼらしくないハゼ」が多く含まれています。キヌバリは、特徴的な体側の6本の黒い縞模様とそれを縁取る黄色い帯模様に加え、胸鰭上方に遊離軟条があること、眼の下に黒い筋模様があることで容易に他種と区別できます。
 しかしこのキヌバリ、太平洋側にすむ個体群と、日本海側にすむ個体群で体の縞模様が違うこと、ご存じでしょうか。太平洋側の個体は黒い縞模様が6本であることに対し、日本海側の個体は7本の縞模様があります。日本海側の個体には尾鰭の基底にもう1本縞模様があるのです。なぜ、日本海側の方が縞模様が多いのか理由は分かっていませんが、太平洋側と日本海側の個体群の間で遺伝的な交流がなかったということになるのでしょうか。ちなみに太平洋側と日本海側との境目にあたる津軽海峡や関門海峡では日本海型が優勢だったように記憶しています。
 和歌山県の沿岸ではキヌバリは決して多い魚ではありません。チャガラの群れに混ざっていたり、潜水していると藻場で群れを見かける程度です。基本的に臆病であることに加え、近年の藻場の減少によって生息数が減っている可能性があります。具体的な調査は行われていませんが、この美しいハゼを県内で普通に見られるような環境を取り戻したいものです。
(自然博物館だよりVol.25 No.3,2007年)