36 ルリヨシノボリ (瑠璃葦登)

スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属

haze5-36ruriyoshinobori.jpg ルリヨシノボリRhinogobius sp. COは、北海道から九州に分布する体長約10㎝に成長するヨシノボリの仲間です。日本で見ることのできるヨシノボリ属の魚としては、オオヨシノボリR. floviatilisと共に大型のヨシノボリと言えます。ルリヨシノボリは、大きな河川の中流域や小河川に生息し、流れの速い場所を好むようです。ヨシノボリ属の多くは、見た目がとても似ている上、分類学的にもまだ混乱しているので、見分けることは簡単ではありません。ルリヨシノボリに関しては、名前のとおり顔のホオの部分にルリ色の斑紋があることが特徴です。ただし、未成魚やメスでははっきりルリ斑紋が現れていない個体もいます。また、尾鰭の付け根に太い「八の字」状の斑紋があること、胸鰭の付け根にある黒斑の形も特徴のひとつです。
 ルリヨシノボリは、通常、卵から生まれた子供は海へ降り、そのあと淡水域へ戻ってくる両側回遊型の生活を送ると考えられています。そのため、川の途中にダムや大きな堰などがあると生息域が限られてしまう魚です。さらに、ルリヨシノボリは川床にある石の下になわばりを持ち、エサを摂ったり他のオスを追い払ってメスを呼び入れたりしています。このように魚が潜り込めるような「浮き石」が川床にある環境は、上流から大量に土砂が流れ込むダムの下流域では、ほぼ望むことは出来ません。そのためか、ダムより下流では、本流ではなく支流の小さな流れに多くのルリヨシノボリを見ることが出来ます。当然本流より支流は河川の規模が小さいので、生息域は狭く、エサ生物も少ないため、本流が利用できた場合に比べてルリヨシノボリの数も少なくなってしまうことでしょう。両側回遊を行う生物にとって、河川環境が大きく変えられてしまうことは、彼らの生活を分断しかねないのです。
 ところが2004年に東北地方の湖でルリヨシノボリが陸封されているという報告がありました。この湖は火山などの地殻変動によって、河川がせき止められてできた湖のようです。シマヨシノボリR. nagoyae(紀州の鯊5、館だよりVol.19 No.4)やクロヨシノボリR. brunnneus(紀州の鯊20、館だよりVol.23 No.4)と違って、ルリヨシノボリの陸封例はそれほど多くないため、一度訪れてみたいと思ったまま、現在に至っております。みなさんはルリヨシノボリが陸封できる場所と出来ない場所、その違いが何なのか気になりませんか。
(自然博物館だよりVol.28 No.3, 2010年より改訂)
*2012年和歌山県版レッドデータブックで準絶滅危惧に選定されています。


37 ヤハズハゼ (矢筈鯊)

スズキ目ハゼ科クモハゼ属

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 ヤハズハゼBathygobius cyclopterusは、千葉県から琉球列島に分布する体長約6㎝に成長するクモハゼの仲間です。クモハゼ属なので、胸鰭の上方には遊離軟条があることは、もちろん特徴のひとつですが、体側中央に黒色斑が縦列すること、腹鰭の膜蓋中央部に突起があることなどの特徴で他のハゼと区別できます。しかし、正直なところ慣れないと非常に難しいです。また、明るい体色をしているときは、頭部と尾柄部に白色の鞍状斑が現れますが、体全体が暗色になることもあるので、体色だけで判断はできません。
 ヤハズハゼは浅い岩場に生息し、潮だまりや転石帯で見ることができます。このように自然界でヤハズハゼを見る際は、明るい体色であることが多いため頭部の白と体の暗色が対照的で非常にきれいなのですが、ちょっと水深のある岩陰にいる個体や、しばらくバケツに入れてフタをしていると全体的に灰色や黒っぽくなって「知らないうちに変な魚を採っていた」と驚くことがあります。
 和歌山県のヤハズハゼの生息状況をみると、黒潮の影響を受けているようです。ヤハズハゼは、和歌山県でも10年ほど前はまだ「珍しい魚」で、串本町周辺以外では見かけなかったと思います。しかし、6年ほど前から、すさみ町や白浜町でも見かけるようになり、ここ2、3年は田辺湾以南で普通にみるようになりました。特に浅い砂礫底で小さな河川などが流れ込んでいると、ほぼ間違いなく礫の周辺にいます。ヤハズハゼは、浅い海域だけでなく汽水域にも現れます。汽水域では塩分が高い環境を好むようで、低塩分の場所にはクモハゼB. fuscusが現れることが多いように思います。クモハゼ類の分布の広がりについては、紀州の鯊23のクモハゼ(館だよりVol.24 No.4)や紀州の鯊24のアゴハゼChaenogobius annularis(館だよりVol.25 No.1)でも書きましたが、その時はまさかヤハズハゼが、さらに南から分布拡大をしてくるとは思っていませんでした。すでにヤハズハゼは昨年ぐらいから和歌山市内の南部の磯でもかなり頻繁に見かけるようになっています。来年あたり和歌山県の枯木灘、紀伊水道側はアゴハゼやドロメC. gulosusに替わって、クモハゼ・スジクモハゼB. cocosensisさらに、ヤハズハゼが普通に見られるハゼとなってしまうかもしれません。ちなみに和歌山県の東側、熊野灘方面ではヤハズハゼの侵出は、それほど顕著ではない様子です。黒潮の影響以外にも、アゴハゼやドロメに比べてシルト状の底質でも生活に問題ないようです。沿岸の開発、山林の荒廃など人為的な影響も見過ごせないでしょう。

(自然博物館だよりVol.28 No.4, 2010年より改訂)


38 イトヒゲモジャハゼ (糸髭もじゃ鯊)

スズキ目ハゼ科ヒゲモジャハゼ属

haze5-38itohigemojya1.jpg イトヒゲモジャハゼBarbuligobius boehlkeiは体長2~3cm程の沿岸の砂礫底にすむハゼです。国内では南西諸島から黒潮の影響を受ける地域から点々と報告があり、八丈島までに分布しています。国外ではインド洋から西太平洋に広く分布するようです。サンゴの死骸やサンゴ砂などが溜まった比較的潮通しの良い潮だまりや礁池などでみられますが、南西諸島以外で「サンゴの瓦礫」がある海岸となると限られてきますね。イトヒゲモジャハゼの特徴は、なんと言っても名前にもあるように頭部にヒゲのような皮弁が多数有り、そのヒゲが糸状に細いことでヒゲモジャハゼB. sp.Aと区別できます(ヒゲモジャハゼはヘラ状(幅が広い))。
 和歌山県では、「エビとカニの水族館」の平井厚志氏によって、すさみ町の沿岸で確認されています。夜間に貝類や甲殻類を調査しているときにイトヒゲモジャハゼを見つけたそうです。私も何度か採集に行って確認しましたが、水深の浅い潮だまりに数十個体のイトヒゲモジャハゼがいました。周辺にはスジクモハゼBathygobius cocosensisやヤハズハゼB. cyclopterusなど多くのハゼ類やイソギンポ類がいるのですが、イトヒゲモジャハゼがいる潮だまりはサンゴ砂の底質で、浅くて身を隠す岩などの少ない場所です。イトヒゲモジャハゼは、そんな浅い潮だまりのサンゴ砂に埋まり、あるいは体色を変えて砂の色に似せて生息していました。
 しかし、わからないことがあります。イトヒゲモジャハゼが確認できるのは夜ばかり。しかも、夜間にイトヒゲモジャハゼを確認できた場所でも、昼では採集できませんでした。昼は砂に潜っているのか、やや深い場所へ移動しているのかどちらかだと思い、砂ごと掬い取ったり、やや深い場所で調査を行いましたが見つけられませんでした(潜水はまだしていませんが)。また、夜間であっても水深の深い場所ではイトヒゲモジャハゼを確認できていません。例えは、昼間にイトヒゲモジャハゼが水深十m前後の場所で生活していたとしても、イトヒゲモジャハゼが夜の浅い潮だまりに出てきているの理由がわかりません。あるいは、見つけられていないだけでズッとその潮だまりの中ににいるのでしょうか。
 その後の平井さんの調査で、イトヒゲモジャハゼがすさみ町の沿岸で越冬できる可能性が高い事がわかってきました。再生産しているかどうかはまだ不明ですが、ヒゲモジャの「ヒゲ」の機能といい、気になることが多いハゼのひとつです。
(自然博物館だよりVol.29 No.1, 2011年)


39 クボハゼ (窪鯊)

スズキ目ハゼ科ウキゴリ属

haze5-39kubo.jpg クボハゼGymnogobius scrobiculatusは体長4㎝程度の日本固有のハゼ科魚類で、日本海側では福井県から、太平洋側では本州中部から鹿児島県までに分布します。クボハゼは主に河口などの汽水域に生息し、アナジャコやニホンスナモグリ等の甲殻類が砂泥底に開けた穴を利用して生活しているようです。クボハゼは、体がやや細長く頭部の断面が台形に近い形をしていること、腹部から体側中央にかけて褐色の横帯があること、口が大きく眼の後方に達することなどが特徴ですが、小さいハゼなので見分けるには慣れが必要です。なにしろ1993年まではクボハゼとキセルハゼG. cylindricusは混同されており、全て「クボハゼ」とされていたぐらいですから、ややこしい訳です。ちなみにクボハゼは、生息環境が減少している上、今後も生息地の減少が予想されることから環境省のレッドデータブック(2014)で絶滅危惧ⅠB類に、2012年和歌山県版レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。
 クボハゼは、甲殻類が掘った巣穴を利用して生活しているハゼですが、同じような生活をするハゼとして、チクゼンハゼG. uchidai(紀州の鯊11「館だよりVol.21 No.3」)やダテハゼ類、スジハゼ類がいます。これらの多くは、その巣穴の制作者(所有者)であるテッポウエビ等と共生関係にあることが知られていますが、なぜかウキゴリ属のハゼは巣穴を単に産卵場所や隠れ家として利用しているだけで、テッポウエビと積極的な関わりがあるように思えません。これは、片利共生(寄生と言うほど相手に害はない)の関係とも言えそうですが、ちょっとした石の隙間を繁殖に利用するクボハゼもいて「必ず巣穴を利用しなければならない」という事でもないようですから、そのへんが曖昧です。もちろん、穴を所有する甲殻類側のメリットも不明です。
 クボハゼが繁殖する干潟は、ダイバーが潜るには水深が浅すぎるし、水面から観察するには潮の干満が大きいうえに、水の濁りもあるので意外と観察対象になりにくいのかもしれません。干潟環境があまりにも身近すぎて見過ごされていた、ということもあります。もしかしたら、今後のみなさんの研究で詳細がわかるかも知れませんよ。
(自然博物館だよりVol.29 No.2, 2011年より改訂) 


40 ニシキハゼ (錦鯊)

スズキ目ハゼ科キヌバリ属

haze5-40nishiki.jpg ニシキハゼPterogobius virgoは、日本海側では秋田県以南、太平洋側では千葉県から九州までに分布する体長20cm程度になるハゼ科魚類です。内湾で底が岩場や砂の混じる水深10mよりも深い場所でよく見られます。頭部から体側のやや背側にある橙色の縦帯とそれを縁取るような青色の縦線が特徴です。また、単独かペアで行動していることが多く、底から離れての遊泳もします。ニシキハゼの学名(種小名)にある「virgo」は乙女座や少女という意味を持つので、このハゼの見た目の美しさから名付けられたのでしょう。また、富山一郎氏の「Gobiidae of Japan」(1936)の中でニシキハゼの採集地として長崎県や富山湾と共に和歌山県も記載されています。宇井縫藏の「紀州魚譜」(1924)の影響でしょうか。それとも、和歌山では比較的知られていたハゼだったのでしょうか。
 現在の和歌山県内では、主に和歌山市から串本町沿岸にかけての比較的砂の多い砂礫底の広がる内湾で見ることができます。新宮市から串本町の沿岸は砂礫底の大きな湾が少ないためか、私はあまりニシキハゼの姿を見ていません。また往々にして、きれいな色の魚は性格がキツいので複数個体での飼育に困るのですが、ニシキハゼも気を付けないと、弱い個体がつつかれて水槽の外へ飛び出したり、鰭がボロボロになったりします。通常、ほぼ単独かペアで行動しているハゼですから、ある程度の個体間距離が必要なのでしょう。興奮すると体の青色の縞模様がはっきりと目立ってきます。体を大きく見せるためなのかもしれませんが、敵(捕食者)に見つかりやすくなってしまう気がします。産卵は冬とされていて、多くのハゼ科魚類同様に、オス親が卵を保護するようですが、あまり詳しいことはわかっていません。同属のキヌバリP. elapoides(紀州の鯊25 館だよりVol.25 No.3)やチャガラP. zonoleucus(紀州の鯊17 館だよりVol.23 No.1)のように石などの隙間に卵を産みつけるものと考えられます。
 とても目立つハゼですが、意外と知られていないことが多いハゼなのです。 
(自然博物館だよりVol.29 No.3, 2011年より改訂)