16 マハゼ (真鯊)

スズキ目ハゼ科マハゼ属

haze5-16ma.jpg  マハゼAcanthogobius flavimanusは北海道から鹿児島県(かごしまけん)の種子島(たねがしま)にかけて分布するマハゼ属のハゼです。国外では沿海州(えんかいしゅう)、朝鮮半島(ちょうせんはんとう)、中国沿岸、オーストラリアのシドニー周辺、北アメリカのカリフォルニア周辺に分布しています。このうちオーストラリアと北アメリカのマハゼ達については人為的移入(じんいてきいにゅう)であり、あちらの生物に被害(ひがい)を与える害魚(がいぎょ)とされています。
 マハゼは、日本の内湾(ないわん)、河口域(かこういき)でごく普通に見られます。体の模様(もよう)と尾鰭(おびれ)の下方が細かい点列模様(てんれつもよう)になること等が特徴(とくちょう)です。未成魚(みせいぎょ)には第1背鰭(せびれ)の後半に黒斑(こくはん)があります。
 一生を内湾や汽水域(きすいいき)など人間の生活場所近くで過ごすことが多く、東京湾や大阪湾など都市部の海でもみられるマハゼは、昔から我々人間に利用されてきました。東京近辺で「江戸前(えどまえ)のハゼ」といえばマハゼの事で甘露煮(かんろに)や天麩羅(てんぷら)になって食卓(しょくたく)を賑(にぎ)わします。名古屋地域では「本ハゼ」と呼んで冬場に食されるようです。九州有明海(ありあけかい)ではマハゼと同属(どうぞく)の大型ハゼ、ハゼクチA. hastaが重宝(ちょうほう)されています。また、各地で大人から子供まで楽しめる「ハゼ釣り」は、このマハゼを狙(ねら)ったものです。夏場は小物が多いのですが、秋風が吹き出すと大型のマハゼが動き出してハゼ釣りのシーズン本番です。地域によっては一人で一束(いっそく)(100匹)も釣ることがあるとか。様々なハゼの種類がいる中でマハゼがもてはやされるのは、手軽さと美味しさを兼ね備えているからでしょう。
 和歌山県でも紀ノ川や有田川の河口ではハゼ釣りが盛(さか)んで、週末には大勢(おおぜい)の釣り人を見かけます。最近の紀ノ川では「一人一束」とはいかないようですが、手軽に楽しめる釣りです。ハゼならでは(?)の彼らの旺盛(おうせい)な食欲が、多くの釣り人に夕飯のおかずを提供(ていきょう)しています。
 噂ではオーストラリアや北アメリカのマハゼ達は、タンカーなどの船のバラスト水(荷物を降ろした後、空(から)では船が安定しないので荷物の代わりに汲(く)み入れる海水)に紛れ込んで侵入したようです。人間の身勝手であちらの生物もマハゼも迷惑(めいわく)しています。やはり「ハゼ釣り」は日本で楽しみたいものですね。
(自然博物館だよりVol.22 No.4,2004年)


17 チャガラ (茶殻)

スズキ目ハゼ科キヌバリ属

haze5-17chagara.jpg チャガラPterogobius zonoleucusはキヌバリ属のハゼで、東北地方から九州にかけての内湾など比較的浅くて穏(おだ)やかな沿岸に生息しています。体長は8㎝ぐらいで、岩場や藻場(もば)、防波堤(ぼうはてい)のまわりに群(む)らがりをつくって生活しています。夏には潮溜(しおだ)まり等でも稚魚(ちぎょ)を見ることができますが、冬は水深のある場所に集まっている様子を見かけます。
 和歌山市内では、加太(かだ)や雑賀崎(さいかざき)の漁港(ぎょこう)内で赤茶色の棒(ぼう)が集まった様なチャガラの集団を見付けることができます。特に稚魚や若い個体は、「お茶殻(ちゃがら)」のようにも見えます。何でも名前の由来(ゆらい)は、鶏(にわとり)のエサ用に干(ほ)したチャガラに稚魚が、「お茶殻」に見えたからだとか。チャガラは、以前紹介したサツキハゼのように遊泳(ゆうえい)するハゼです。赤や黄色の模様をもつチャガラは、観賞魚(かんしょうぎょ)としても人気があります。チャガラは、体型(たいけい)も泳ぎ方も、おおよそ一般的な「ハゼらしいハゼ」ではないのですが、分類上では立派(りっぱ)なハゼの仲間にあたり、ハゼという魚の多様性(たようせい)を改(あらた)めて感じさせます。
 チャガラという魚は、最近まで、あまりその生活は知られていませんでした。おおよその産卵期(さんらんき)や生活場所は知られていますが、どのように繁殖(はんしょく)して、どのような一生を送るのか不明な点が多くありました。ハゼの多くは水産資源(すいさんしげん)として価値(かち)のない魚なので放(ほう)っておかれる場合が多く、チャガラもその一つということなのでしょう。ところが「磯焼(いそや)け」や東京湾(とうきょうわん)や大阪湾(おおさかわん)などの沿岸の環境問題(かんきょうもんだい)が注目され、藻場(もば)の再生実験(さいせいじっけん)や環境に優しい護岸(ごがん)工法の開発過程(かいはつかてい)で、間接的(かんせつてき)にチャガラの生活が分かってきました。チャガラの子供達は、藻場をゆりかご代(が)わりに成長し、成長すると岩の陰(かげ)やコンクリート護岸の隙間(すきま)へ入って休みます。産卵期には一般のハゼ同様にオスがなわばりを持ち、メスの産んだ卵を保護(ほご)します。水中を自由に泳ぎ回るチャガラでも、産卵の際には海底や護岸の状態がとても大事である事がわかってきました。水底を生活場所としている一般のハゼは、水質だけでなく底質(ていしつ)にも敏感(びんかん)で、環境状態を知るための指標生物(しひょうせいぶつ)として知られています。チャガラの生活が明らかになるにつれて、意外にも底質が大きく影響していることが分かってきたようです。水底から離(はな)れてもハゼはハゼと言うことでしょうか?
(自然博物館だよりVol.23 No.1,2005年)


18 トビハゼ (跳鯊)

スズキ目ハゼ科トビハゼ属

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 泥や岩の上など、およそ他の魚がいない様な場所を飛び跳(は)ね回るトビハゼPeriophthalmus modestusは、れっきとした魚の仲間、ハゼの仲間です。トビハゼは、東京湾から沖縄島まで、国外では朝鮮半島(ちょうせんはんとう)、中国沿岸、台湾(たいわん)に生息しています。内湾(ないわん)や河口干潟(ひがた)などの汽水域(きすいいき)で生活しています。
 トビハゼの腹鰭(はらびれ)は、ハゼらしく左右がくっついますが、吸盤(きゅうばん)というよりは蝶(ちょう)ネクタイのような形をしています。泥の上を這(は)い回る際に、腕(うで)のように見えるのは胸鰭(むなびれ)で、陸上で自分の体を支えられるように非常に発達しています。また、眼(め)の位置は魚類で一般的な横向きではなく、上向きに位置しており、眼をしまう溝(みぞ)のような構造(こうぞう)があるため、眼を瞑(つむ)ったような仕草(しぐさ)も見られます。呼吸(こきゅう)もエラ呼吸以外に皮膚(ひふ)呼吸(こきゅう)にかなり頼(たよ)っています。我々が認識している一般的な魚とは随分(ずいぶん)違った体の構造をしています。

 このトビハゼたちは泥地や非常に目の細(こま)かい砂泥地(さでいち)に巣穴(すあな)を掘(ほ)って、そこで生活しています。潮(しお)が引いている時は泥干潟(どろひがた)で小動物やデトリタスなどを食べたり、なわばり争いをしたり、繁殖期(はんしょくき)であればメスに求愛行動(きゅうあいこうどう)をしたり、大忙しです。潮が満ちている時は潮と共に岸辺まで移動したり、巣穴へ入って休んだりしているようです。毎日繰(く)り返される潮の干満(かんまん)、トビハゼはその周期(しゅうき)に従(したが)って生活しています。ずっと水中で生活している生物ならば、このように潮位(ちょうい)や乾燥(かんそう)、重力(じゅうりょく)等による行動の制約(せいやく)はなかったでしょう。それだけにトビハゼの生態、行動の様子は興味(きょうみ)深(ぶか)いものがあります。
 干潟にすむハゼというと、これまでチクゼンハゼ(紀州の鯊11)やタビラクチ(紀州の鯊13)を紹介していますが、トビハゼもこれらのハゼと同様に状態の良い干潟、泥地でないといなくなってしまいます。環境省(かんきょうしょう)のレッドデータブックで東京湾奥部のトビハゼ個体群が「絶滅(ぜつめつ)のおそれのある地域個体群(ちいきこたいぐん)」として指定され、東京湾の三番瀬(さんばんせ)などの開発事業(かいはつじぎょう)の見直し等が行われています。
  トビハゼは、和歌山県のレッドデータブックで準絶滅危惧種(じゅんぜつめつきぐしゅ)に指定されています。かつては田辺・白浜地域や日高川河口でも、よくトビハゼが見られましたが、最近は減少してきています。トビハゼは、有田川河口や和歌川河口など紀北地域でも見ることができますが、そのような県内のトビハゼ生息地はいずれも開発計画があり、いつ全滅(ぜんめつ)してもおかしくない状態です。愛嬌(あいきょう)のあるその姿(すがた)は水辺を歩くだけでも目に付きます。いなくなってしまう前に、一度見に行かれてはいかがでしょうか。
(自然博物館だよりVol.23 No.2,2005年より改訂)
*2014年の環境省レッドデータブックではトビハゼは準絶滅危惧(NT)に、2012年和歌山県版レッドデータブックで準絶滅危惧に指定されています。


19 ウロハゼ (虚鯊)

スズキ目ハゼ科ウロハゼ属

haze5-19uro1.jpg ウロハゼGlossogobius olivaceusは、ウロハゼ属のハゼです。体長20㎝以上にもなるハゼで、本州のほぼ全域と四国、九州に生息し、国外では中国や台湾(たいわん)から知られています。主に汽水域(きすいいき)で生活しており、砂礫底(されきてい)から泥底(でいてい)まで様々な場所で見ることができます。岩の隙間(すきま)(ウロ)や筒(つつ)のような穴にすみついていることが多いので「ウロハゼ」の名前が付いたようです。ウロハゼは、これといった特徴(とくちょう)のないハゼらしい体型(たいけい)のハゼです。ウロハゼの背中側(せなかがわ)を見ると目の後方、第1背鰭(せびれ)の前方に明瞭(めいりょう)な黒斑(こくはん)が数個あること、目から吻端(ふんたん)、下顎(したあご)にかけて暗色(あんしょく)の筋模様(すじもよう)が左右一本づつあること、尾鰭(おびれ)の基部(きぶ)に黒色斑があること等が特徴ですが、何度も見て慣(な)れる事が一番でしょう。何年も生き延(の)びて大きくなった個体と一年目の若い個体では、ずいぶん受ける印象(いんしょう)も違います。
 このように地味(じみ)なハゼですが、ハゼ釣りの際にはよく釣れてきて、しかも美味(びみ)だから密(ひそ)かなファンも多いはずです。私も紀ノ川(きのかわ)河口で何度もお目にかかったことがあります。瀬戸内海(せとないかい)沿岸の地域では、タコ壷漁(つぼりょう)ならぬ「ハゼ壷漁」もあり、この漁業の対象魚(たいしょうぎょ)がウロハゼなのだから、味は保証済(ほしょうず)みでしょう。一度、試(ため)してみる価値(かち)はあると思いますよ。
  ウロハゼに関しては、「だぼはぜ」や「黒はぜ」、「土用(どよう)ハゼ」という呼び名が残っていることからも、昔から我々と関係が深いことがわかります。そのほとんどは食用としての利用であり刺身(さしみ)、白焼(しらや)き、甘露煮(かんろに)などマハゼに負けないぐらい日本人に利用されているハゼなのです。にもかかわらず、ウロハゼという名前が一般的でないのは悲しいことですね。
(自然博物館だよりVol.23 No.3,2005年)


20 クロヨシノボリ (黒葦登)

スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属

haze5-20kuroyoshinobori.jpg クロヨシノボリRhinogobius sp.DAは、体長6㎝ほどのヨシノボリ属のハゼです。日本海側では秋田県(あきたけん)以南、太平洋側では千葉県(ちばけん)から南西諸島(なんせいしょとう)までに生息しており、今のところ日本の固有種(こゆうしゅ)とされています。クロヨシノボリは、主に河川の中流から上流域に生息しており、小さな河川では河口域以外の流程(りゅうてい)全てに生息していることもあります。また、クロヨシノボリの分布は黒潮(くろしお)(暖流(だんりゅう))の影響(えいきょう)を受けやすいと考えられています。
 クロヨシノボリの特徴(とくちょう)は、体側の胸鰭(むなびれ)後方から尾柄(びへい)にまで現れる暗色の点列と背側に出る鞍状(あんじょう)の暗色斑紋(はんもん)です。また、胸鰭の鰭条数(きじょうすう)は19本以上(希(まれ)に18本)であることから、カワヨシノボリRhinogobius flumineusと区別できます。繁殖期(はんしょくき)のオスの第1背鰭(せびれ)の鰭条(きじょう)は伸長し、成熟(せいじゅく)したメスの腹部は黄色くなります。頬(ほお)に小さな赤色点を持つ個体や、持たない個体もあり、同定(どうてい)は慣(な)れないと難しいかもしれません。クロヨシノボリは、一般に両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送ることが知られており、海と川がダムや堰(せき)で遮断(しゃだん)されると、海から新しい個体がのぼって来られなくなるため、個体数の減少(げんしょう)や遺伝的(いでんてき)に劣化(れっか)するなどの悪影響が考えられています。
 現在、クロヨシノボリは、和歌山県のほとんどの河川で見ることができ、小さな川や大きな川のダム周辺にも生息しています。しかし、調査をしていると、どう考えても川から登ってこられない様な場所にある野池にもクロヨシノボリが生息していることがあります。理由については、まだ不明な点が多いのですが、本来海で過ごすはずの仔稚魚期(しちぎょき)を、野池を海の代(か)わりとして利用することができれば生き残ることが可能であると考えられます。そうなると、クロヨシノボリの仔稚魚にとって塩分や海からの栄養分は必要ないということになります。そのへんの詳(くわ)しい調査は、まだ途中ですが、クロヨシノボリの生活史には、本来海が必要だった魚が、淡水だけで生活できるように進化(しんか)した秘密(ひみつ)が隠(かく)されている様な気がします。
(自然博物館だよりVol.23 No.4,2005年より改訂)
*クロヨシノボリには2013年よりR. brunneusの学名が与えられています。