31 ヒナハゼ (雛鯊)

スズキ目ハゼ科ヒナハゼ属

haze5-31hinahaze.jpg ヒナハゼRedigobius bikolanusは、日本海側では兵庫県、太平洋側では東京湾以南の沿岸汽水域から、河川下流域に普通に見られるヒナハゼ属のハゼです。ヒナハゼは名前のとおり体長は3㎝程度の小さなハゼで、他のハゼ科魚類の稚魚とゴマハゼPandaka sp.(紀州の鯊3 館だよりVo.19 No.1)と間違えられることもあります。特徴は、体側にある黒と白の模様で、「市松模様」にも例えられます。このことからヒナハゼは、「イチマツハゼ」とか、学名から「ビコールヒナハゼ」と呼ばれていた時期もあります。また、成熟したヒナハゼのオスは、第1背鰭が伸長し、口の後端は眼の後縁を越えるほど大きく裂けます。ヒナハゼは、淡水域から汽水域に生息していますが、特に抽水植物が生えていたり、水底に枯れ葉が積もったような小さな河川や止水域、コンクリート等で護岸されていないような用水路で見ることができます。ヒナハゼの詳しい産卵生態は不明な点がありますが、淡水域で成長すること、産卵は感潮域で行われること、孵化仔魚は海で成長して淡水域へ戻ってくることから、両側回遊型の生活史を送ると考えられます。
 ヒナハゼは、主にカキ殻などの貝殻を産卵基質として利用しています。多くのハゼ類同様、ヒナハゼもオスが孵化するまで卵を保護しますが、必死に大きな口を開けて、自分よりも大きな魚やエビを威嚇する姿は健気です。ヒナハゼは水槽で飼育しやすい魚ですので、みなさんもこのような繁殖行動を観察するチャンスがあるかもしれませんね。
(自然博物館だよりVol.27 No.2, 2009年より改訂)


32 ミジンベニハゼ (微塵紅鯊)

スズキ目ハゼ科ミジンベニハゼ属

haze5-32mijinbeni.jpg ミジンベニハゼLubricogobius exiguusは、日本海側では兵庫県以西、太平洋側では東京湾以西に分布する体長3㎝程のハゼの仲間です。一見、きれいな黄色をしていて、コバンハゼやダルマハゼに似た体型をしているので、サンゴ礁などに生息していそうですが、東京湾や大阪湾など温帯の内湾で見られ、海底に沈んでいる空き缶などを「すみか」として利用するたくましい一面を持っています。
 ミジンベニハゼの特徴は、黄色い体色とずんぐりした体型をもち、鰓孔と腹鰭が大きいこと、体に鱗が無いこと等です。和歌山県では、水深20-30m程までの波の穏やかな沿岸で見ることができます。ダイバーの方にも人気の魚ですね。
 ミジンベニハゼには、興味深い生態があります。ミジンベニハゼは、しばしば「すみか」から雌雄一緒に採集されることがあります。一般的なハゼの仲間は、群れで行動する種類を除いて、産卵の時以外はメスであってもオスは自分の巣(産卵床やなわばり)に他の個体を入れることはありません。しかし、ミジンベニハゼは、一度ペアを作るとどちらかが死んでしまうまで連れ添うと言われています。仲の良いことですね。
 しかし、それにはミジンベニハゼたちなりの理由があるようです。内湾の水深30m以浅という場所は、太陽光も届き、陸地からの影響も受けてエサが豊富なため、非常に多くの生物が利用しています。そこへ黄色い小さなハゼがチョコチョコ繁殖相手を探したり、メスをめぐって闘争していたら、間違いなく他の生きものの絶好のエサになってしまうでしょう。そのような繁殖時の危険を避けるためにも、ミジンベニハゼは「一夫一妻」のシステムを取ったのでしょう。毎年相手を捜す手間や危険を省き、卵の保護は交互に行うことで(普通はオス親のみです)、ミジンベニハゼたちは、確実に子供を残し、自分たちも生き残って次の産卵に取り組む事が可能になります。実際にミジンベニハゼをペアで飼育していると、産卵可能な時期であれば、ひと月に1回か、それ以上のハイペースで数百粒の卵を産みます。このようなミジンベニハゼの産卵数は、産卵のたびに相手を捜したり、卵を保護して疲労し死んでしまいそうになる他の種類のハゼには真似できないことでしょう。小さなミジンベニハゼにとって「一夫一妻」は、子供も自分たちも生き残っていくための大事な戦略だったのですね。
(自然博物館だよりVol.27 No.3, 2009年)


33 ドロメ (泥目・泥魚)

スズキ目ハゼ科アゴハゼ属

haze5-33dorome.jpg ドロメChaenogobius gulosusは、体長10-15㎝程のアゴハゼ属のハゼです。ドロメは、本州の沿岸で普通に見ることのできるハゼの1種で、日本海側では北海道西部から九州、太平洋側では青森県東部から九州、国外では朝鮮半島、黄海、渤海の沿岸岩礁域や汽水域に分布します。同じ属のアゴハゼC. annularis(紀州の鯊24「館だよりVol.25 No.2」)に外見が似ていますが、胸鰭と尾鰭に黒色点列がないこと、尾鰭に白い縁取りがあることで区別できます。また、他のハゼ類に比べて胸鰭の上方に遊離軟条があること、第一背鰭後方と尾柄部に黒斑があることが特徴です。
 潮間帯の潮溜まりや浅い藻場などで見ることができるドロメは、磯などで行われる観察会の格好のターゲットです。子供たちでも容易に採集できるので、当館主催の観察会では毎年本種にお目にかかれます。しかし、春から初夏にかけてはドロメやアゴハゼの繁殖時期にあたり、だいたい私の所へ持ち込まれるのは幼魚。ドロメとアゴハゼは成魚でも混同されやすいのに、幼魚では・・・と思われるでしょうが、意外にも幼魚の方がわかりやすい場合もあります。
 ドロメの幼魚は、尾鰭付け根(尾柄部)に大きな丸い黒斑があり、それで区別できます。この黒斑の周囲には黄色素胞が発達していることが多く、黄色地に黒い丸がくっきり見えます。アゴハゼでは、この黒斑が薄いか、いびつな格好をしている場合が多くあります。もっとも、これも全長10mm以上の幼魚の見分け方で、時々持ってきていただく、それより小さなガラス細工のような幼魚はこちらも頭を捻らざるおえません。
(自然博物館だよりVol.27 No.4, 2009年)
*2012年和歌山県版レッドデータブックで情報不足に選定されています。


34 ビリンゴ

スズキ目ハゼ科アゴハゼ属

haze5-34biringo.jpg ビリンゴGymnogobius breunigiiは、北海道から鹿児島県種子島に分布する体長6センチ程度のハゼです。国外からはサハリンや沿海州、朝鮮半島、渤海、黄海に分布しています。ビリンゴの生息場所は主に汽水域で、河口や汽水湖、干潟などの中層を浮遊しながら数十から数百個体の群がりを作って生活しています。ビリンゴは雑食性で、主に小動物を食べています。ビリンゴの仲間(ウキゴリ属)は区別が難しいのですが、ビリンゴは、雌雄共に体側に黄色横帯が現れないこと、眼の前方から両眼間隔域を通り、後方にかけて感覚管があり、開孔は3つであることで他のウキゴリ属と区別できます。また、孵化した仔魚は海へ降り、その後汽水域や淡水域へ戻ってくる両側回遊型の生活を送ることも他のウキゴリ属と比較する上で大事な点です。
 ビリンゴの婚姻色は、オスが地味でメスが派手になることが知られています。一般的なハゼではオスが派手になりメスにアピールしたり、他のオスに対してなわばりを主張したり威嚇を行うものですが、ビリンゴでは逆のようです。おそらく、オスの方にメスを選ぶ権利があるのでしょうね。
 このビリンゴという魚、実はメダカと混同されていたようです。そもそも「ビリンゴ」という不思議な名前は、メダカの地方名だったようです。かつて、メダカに代表される小川の小魚たちは、みんな「めだか」でよかったのでしょうね。確かに「ごり」や「ちちこ(和歌山県南部での呼称)」と呼ばれるハゼたちは、水底にくっついて生活しているヨシノボリ属やチチブ属などのハゼたちです。中層を遊泳するビリンゴは感覚的に「めだか」と一緒だったのでしょう。もっとも、「ごり」も数あるメダカの地方名の一つなので、地域によって「小さな魚」は、みんな「めだか」ぐらいの大らかな感じで良かったのかもしれません。ビリンゴが昔から日本人に知られている一方で、それほど重要な産業に関わる魚ではなかったことが伺えます。あれこれもてはやされ、漁獲の対象になるより、ビリンゴたちもきっと、その方が幸せだったように思いますが、いかがでしょうか。
(自然博物館だよりVol.28 No.1, 2010年より改訂) 


35 カマヒレマツゲハゼ (鎌鰭睫毛鯊)

スズキ目ハゼ科サルハゼ属

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 カマヒレマツゲハゼOxyurichthys cornutusは元々南西諸島に分布していましたが、近年は静岡県や和歌山県、九州、四国など黒潮の影響を受ける地域からの報告があり、これらの地域に定着する可能性があります。国外では西太平洋から知られています。カマヒレマツゲハゼは汽水域や内湾の泥底に生息し、泥に穴を掘るか、他の生物が掘った穴を利用して生活しているようです。カマヒレマツゲハゼの特徴は、名前のとおり眼の上に睫毛のように1対の突起あること、第1背鰭棘が伸長して鎌鰭状になっていること、さらに、第1背鰭前方にヒダのような皮質隆起があること、尾鰭先端が尖っていることなどです。
 黒潮の影響を受ける地域に分布が広がっていることから、カマヒレマツゲハゼの仔魚は海流に乗ってこれらの地域に侵入し、成長したものと考えられます。和歌山県では、まだ産卵の確認こそできていませんが、同じ場所でカマヒレマツゲハゼの異なる年齢群を確認していること、着底後間もないと思われる小さな個体を確認していることから、既に県内で繁殖している可能性が十分にあると考えられます。
 しかし、気になるのはやはり「まつげ」。一体何のためにあるのか、気になりませんか。
 形と付いている位置から、人間の睫毛のように眼に入るゴミなどを取り除いてくれるとは考えにくいですね。むしろ「角」や「アンテナ」のように見えます。この「まつげ」は薄い皮でできているので、突いて敵を追い払ったり、ライバルからなわばりを守ったりするのは無理なようです。そうなると、彼らが住む泥底で、濁ったときなどにセンサーとして働いているのでしょうか。あるいはダテハゼ類とテッポウエビ類のような共生関係にある生物に信号を送る役目を果たしているのか。確かにサルハゼ属はダテハゼ属のような尖った尾鰭をしているので、この長い鰭を使って他の生き物とコミュニケーションを取っている可能性があります。また、大きな第一背鰭は、他のハゼ類の例からすれば求愛の際に広げたり、威嚇に使うほかに、鰭の先で共生相手の他の生き物に触れることも可能です。
 では、この短い「まつげ」は・・・やはり謎のままでしょうか。
(自然博物館だよりVol.28 No.2, 2010年)