26 タネハゼ

スズキ目ハゼ科オキナワハゼ属

haze5-26tane.jpg タネハゼCallogobius tanegasimaeは、日本では神奈川県や三重県以南に、国外では台湾(たいわん)やフィリピンなどに分布する体長8㎝程のオキナワハゼ属(ぞく)のハゼです。マングローヴ域(いき)や河口域など砂泥底(さでいてい)の汽水環境(きすいかんきょう)で多く見ることができます。タネハゼの特徴(とくちょう)は、長く伸びた尾鰭(おびれ)と胸鰭(むなびれ)、顔の皮皺(ひしゅう)などが挙(あ)げられます。若い個体は体に数本現れる茶褐色(ちゃかっしょく)の帯模様(おびもよう)が特徴的ですが、成熟(せいじゅく)すると全体的に褐色になり、模様がはっきりしなくなります。そのため、幼魚を同属のミスジハゼCallogobius sp.など別種と思われ、当自然博物館へ持ち込む方もいらっしゃいますが、今のところ、ほとんどの場合タネハゼの子に落ち着きます。ちなみにミスジハゼとは、第2背鰭(せびれ)の鰭条数(きじょうすう)で区別できます。
 タネハゼは、小さいうちは帯模様が美しく、成長すると長く伸びた鰭が翻(ひるがえ)る様子が面白いので、身近な観賞魚(かんしょうぎょ)としても人気があります。一般に汽水の生きものは、塩分や水温に敏感(びんかん)ですが、タネハゼの場合、完全な淡水あるいは海水で飼育しなければ、塩分の割合はあまり気にせずに飼うことが出来る魚と言えます。ただし、同じ水槽に大型肉食魚を入れたり、水温が低すぎると死んでしまいます。暖かい地域にすむ汽水魚としては、タネハゼは飼育しやすい魚です。
 タネハゼは、沿岸汽水域なら和歌山市から串本町、新宮市など和歌山県のほぼ全域で見ることが出来るハゼです。しかし、タネハゼは、その分布域から考えても分かるように、暖(あたた)かい地域を中心に黒潮(くろしお)の影響(えいきょう)を受ける地域沿岸に現れているようです。和歌山県でも紀北地域(きほくちいき)でしっかりと分布が確認されたのはここ十年程の間です。また、和歌山県のタネハゼは、仔稚魚(しちぎょ)の時に黒潮に運ばれて南方からやって来た個体だと考えられていましたが、最近の調査で水温の低い時期でも小型の個体や大型個体が確認出来ること。黒潮に乗って和歌山沿岸に加入するには早すぎる時期に稚魚が確認できた事などから、県内のいくつかの場所で繁殖(はんしょく)している可能性が出てきました。これらの事例が温暖化(おんだんか)や黒潮の蛇行(だこう)の影響を受けているのかどうかは分かりませんが、和歌山県の現在の自然環境を知る上で大事な事例と言えます。もし、今後明らかにタネハゼの繁殖地が紀北地域でも増えてきたなら、これは地球温暖化に伴う海水温の上昇(じょうしょう)によるものなのかもしれませんね。
(自然博物館だよりVol.25 No.4 ,2007年より改訂)
*2015年現在、当館周辺でもずいぶんタネハゼが増えています。


27 マサゴハゼ (真砂鯊)

スズキ目ハゼ科スナゴハゼ属

haze5-27masago.jpg マサゴハゼPseudogobius masagoは、太平洋側では宮城県以南、日本海側では島根県壱岐(いき)以南から沖縄(おきなわ)にまで生息する体長3センチほどの小型のハゼです。河口など汽水域(きすいいき)の泥底(でいてい)でカニ類、スナモグリやテッポウエビなどのエビ類の巣穴(すあな)を利用して生活しているようです。国外では台湾(たいわん)や朝鮮半島(ちょうせんはんとう)から生息が報告されています。マサゴハゼは第1背鰭(せびれ)に黒斑(こくはん)がないこと、眼(め)の下の黒色斑の状態から近縁(きんえん)なスナゴハゼPseudogobius javanicusと区別できます。どちらも同じような場所に生息する小型のハゼですが、マサゴハゼの方が吻端(ふんたん)が丸く、細身である印象(いんしょう)を持っています。マサゴハゼは和歌山県内の比較的大きな河川の河口干潟(ひがた)などでよく見ることが出来ますが、小さいので泥と一緒に採集すると、見つけだすのが大変です。
 このマサゴハゼも他の干潟を利用するハゼ同様に干潟の減少(げんしょう)に伴い、2014年に公表された環境省(かんきょうしょう)のレッドデータブックでは絶滅危惧(ぜつめつきぐ)Ⅱ類に、2012年和歌山県版レッドデータブックで準絶滅危惧種に指定されています。以前は沖縄島のマサゴハゼ個体群(こたいぐん)のみ指定されていましたが、日本全体のマサゴハゼに関しても、ここ数年で危機的(ききてき)な状況が明らかになってきたのか、あるいは急激(きゅうげき)に生息環境(せいそくかんきょう)が悪化しているのか。またはその両方か。いずれにしても考えさせられます。最近、三重県揖斐川(いびがわ)河口域でマサゴハゼの生活史に関する研究が行われ、おおよそ寿命(じゅみょう)は1年ほどであるということがわかってきました。毎年毎年、産卵して親魚はほぼ全て死んでいくということは、毎年安定した干潟環境が存在していなければ、マサゴハゼは生息していくことが難しいということです。たった一年でも自然災害(しぜんさいがい)や人為的影響(じんいてきえいきょう)でうまく産卵(さんらん)、加入ができなければ、その場所のマサゴハゼ達の個体群はなくなってしまう可能性があります。もちろん、近くの干潟からマサゴハゼの仔魚(しぎょ)が流れて加入してくることは十分に考えられますが、干潟の消失(しょうしつ)によって干潟同士が分断(ぶんだん)され「お隣(となり)の干潟」が遠くなっていたり、良好な干潟がなくなりつつある現状を考えると、あまり悠長(ゆうちょう)なことも言っていられません。
 和歌山県内では、まだ普通に見ることができるマサゴハゼ。特に寒い時期でも干潟の浅場をチョロチョロしているので一年を通じて採集、展示(てんじ)しやすい魚です。もっとも、小さすぎるため展示していてもどこにいるのか分からないという来館者からのご意見が多くあり、色々と展示方法の工夫が必要なようです。
(自然博物館だよりVol.26 No.2,2008年より改訂)


28 オオミミズハゼ (大蚯蚓鯊)

スズキ目ハゼ科ミミズハゼ属

haze5-28oomimizu.jpg オオミミズハゼLuciogobius grandisは、青森県から長崎県、佐渡島(さどがしま)、鹿児島県に分布する体長10センチほどのミミズハゼの仲間で、日本に生息するミミズハゼ属(ぞく)の中では最も大きな種です。オオミミズハゼは、岩礁海岸(がんしょうかいがん)に生息しており、普段は礫(れき)の下に潜(もぐ)り込んで生活しているようですが、夜間になると泳ぎ回ることもあるようです。オオミミズハゼの報告は、和歌山県ではあまり例がありませんでしたが、ここ数年の間に美浜町(みはまちょう)と和歌山市の海岸から採集することができました。オオミミズハゼは、ミミズハゼ属特有の細長い体と、背鰭(せびれ)が一基(いっき)しかない特徴(とくちょう)の他に、胸鰭(むなびれ)の上端と下端両方に複数の遊離軟条(ゆうりなんじょう)があること、頭部は扁平(へんぺい)せずに体側に乳白色の斑紋(はんもん)があることなどの特徴で区別できます。
 実際にオオミミズハゼを飼育してみると、想像以上に肉食性が強く、小さなエビやカニなどの甲殻類(こうかくるい)はもちろん、巻き貝や小さなミミズハゼまで襲(おそ)って食べます。オオミミズハゼは、山から出てきた湧(わ)き水が直接海岸線に流れ込んでいるような礫の多い場所、しかも干潮(かんちょう)時には全く海水が無くなり沢になってしまうような場所でしか和歌山県では確認できておらず、決して岩場であればどこでも良いというのではないようです。このような決してエサ動物が多いとは言えない彼らの生息環境では、エサとなり得(う)る生物を選(え)り好みせず、逃さず食べてしまうのでしょう。彼らの獰猛(どうもう)さは、厳(きび)しい環境で生き抜くために必要なもののようです。オオミミズハゼのオスは、成長と共に頭部の筋肉が発達してメスに比べて厳(いか)つい顔つきになってきます。この様な性的二型(せいてきにけい)は、他のミミズハゼ属魚類でも確認されており、おそらくは求愛(きゅうあい)やメスを巡(めぐ)る争い、産卵場所となる巣穴を巡る争いに必要な要素であろうと思われますが、謎(なぞ)の部分も多くあります。
 オオミミズハゼの生息場所は、われわれ人間にとっては何の価値(かち)もなさそうな岩だらけの海岸です。それだけに埋(う)め立てやゴミの違法投棄(いほうとうき)が行われ、おそらくオオミミズハゼの生息に欠(か)かせないと思われる山からの湧き水は、山林の荒廃(こうはい)によって失われる場合が多くあります。人間が利用しない場所だからといって勝手な行為(こうい)を行うことが、多くの他の生物の迷惑(めいわく)になる可能性を想像できるようなゆとりや想像力(そうぞうりょく)を持ちたいものです。
(自然博物館だよりVol.26 No.3,2008年より改訂)


29 チチブモドキ

スズキ目カワアナゴ科カワアナゴ属

haze5-29chichibumodoki.jpg チチブモドキEleotris acanthopomaは国内では千葉県から沖縄県、国外では台湾(たいわん)やインドなど西、南太平洋域に分布する体長10~15cm程のハゼです。チチブモドキは、主に汽水域(きすいいき)や河川の下流域に生息しており、泳ぎ回るというよりは倒木(とうぼく)やテトラポットなどの物陰(ものかげ)に隠(かく)れている場合が多い魚です。
 チチブモドキは、ハゼの仲間にしては珍しく、腹鰭(はらびれ)は吸盤状(きゅうばんじょう)になっていません。チチブモドキを他のカワアナゴ属と区別することは難(むずか)しく、鰓蓋(さいがい)や眼(め)の下にある孔器列(こうきれつ)の並(なら)び方を観察することで区別できますが、図鑑(ずかん)に書いてあるほど簡単ではありません。例えば、「紀州の鯊(はぜ)14」で紹介(しょうかい)した同じ属のカワアナゴEleotris oxycephalaに比べて、チチブモドキはずんぐりした体型(たいけい)で、カワアナゴが「茶色っぽい」個体が多いことに対して、チチブモドキは「黒っぽい」個体が多いように思います。また、眼の後方にある暗色の筋模様(すじもよう)の状態、胸鰭(むなびれ)の付け根の暗色斑(あんしょくはん)の数などで総合的(そうごうてき)に種類を判断(はんだん)できますが、やはり実体顕微鏡(じったいけんびきょう)などで顔の孔器列を観察するべきですね。チチブモドキも体色の変化は激(はげ)しく、茶褐色(ちゃかっしょく)や暗褐色(あんかっしょく)、全体的に白っぽくなることもあります。
 和歌山県では沿岸(えんがん)汽水域のほぼ全域で見ることができると思われます。特に中紀以南の地域では普通(ふつう)に見ることができます。チチブモドキをはじめ、カワアナゴ属は淡水域(たんすいいき)や感潮域(かんちょういき)に小さくて大量の卵(直径1mm以下で数万粒)を産み、孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)は海へ下ります。海では海流や潮(しお)の流れで分散(ぶんさん)して、ある程度成長してから適当(てきとう)な淡水域へ侵入(しんにゅう)してきます。これは両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史(せいかつし)を送ると言えますが、同じ両側回遊型の生活史を送るシマヨシノボリRhinogobius nagoyae(「紀州の鯊5」で紹介)やイドミミズハゼLuciogobius pallidus(「紀州の鯊8」で紹介)に比べて、海での生活期間が長く、非常に遠くの場所まで分散していると考えられています。そのためにチチブモドキは西、南太平洋域という広範囲に分布域をもっていると考えられています。ですから和歌山で見ることができるチチブモドキには、沖縄からやって来た個体がいるかもしれないし、和歌山で生まれた個体もどこか南の島へたどり着いているかもしれません。もちろん、多くの個体は比較的近くで産まれ育った個体だと思われますが、色々と考えてしまう魚のひとつです。
(自然博物館だよりVol.26 No.4,2008年より改訂)


30 ウキゴリ (浮鮴)

スズキ目ハゼ科ウキゴリ属

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 ウキゴリGymnogobius urotaeniaは国内では北海道から九州、屋久島(やくしま)まで、国外では千島列島(ちしまれっとう)、朝鮮半島(ちょうせんはんとう)に分布する体長12センチ程のハゼ科魚類です。ウキゴリは河口などの汽水域(きすいいき)から河川中流までの淡水域(たんすいいき)で、流れが緩(ゆる)く抽水(ちゅうすい)・沈水性植物(ちんすいせいしょくぶつ)が繁茂(はんも)するような場所に生息します。和歌山県では北部から南部にかけての河川やため池で確認されていますが、生息確認できた場所が少ないこと、生息に適した水辺環境が減っていることから和歌山県版レッドデータブックの準絶滅危惧種(じゅんぜつめつきぐしゅ)に指定されています。
  ウキゴリは、両眼(りょうがん)の間隔(かんかく)が広いこと、第1背鰭(せびれ)後部に黒斑(こくはん)があること、尾鰭基底(おびれきてい)の黒斑は丸く、分枝(ぶんし)しないことで他のウキゴリ属(ぞく)と区別できます。ウキゴリの繁殖(はんしょく)は、早春のまだ水が冷たい時期に石の下にオスが巣穴(すあな)を掘ってメスを誘(さそ)い込んで行われます。卵(らん)は孵化(ふか)するまでオス親が保護(ほご)します。孵化した仔魚(しぎょ)は海へ下り、一般に両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史(せいかつし)を送ると思われますが、琵琶湖(びわこ)や諏訪湖(すわこ)のように池や湖に陸封(りくふう)された個体群(こたいぐん)もあります。調べてみると、ちょっとしたため池にも陸封されているようで、「回遊」を考える上で興味深い魚です。春になると大量に幼魚(ようぎょ)が川へ遡上(そじょう)、あるいは湖岸(こがん)に接することから、昔から漁獲(ぎょかく)されてつくだ煮(に)などの材料となっています。
 ウキゴリ属の仲間の多くは、ハゼの仲間では珍(めず)しく、成魚になっても中層(ちゅうそう)を遊泳(ゆうえい)します。本種も遊泳生活をするため、ウキゴリ(浮遊(ふゆう)するゴリ(ゴリはハゼの呼び名の一つ))という和名(わめい)が付いたものと思われます。しかし、同じ遊泳性ハゼでもサツキハゼParioglossus dotui(「紀州の鯊10」)やキヌバリPterogobius elapoides(「紀州の鯊25」)のような素早(すばや)さはなく、遊泳と言うよりは、浮遊という表現が正しい印象(いんしょう)を受けます。そんなウキゴリは、成魚でもスズキやロウニンアジのような高い遊泳力を持つ捕食者(ほしょくしゃ)や、ウナギやナマズなどの大型の肉食魚に襲(おそ)われる危険(きけん)があります。そのため隠(かく)れ家(が)となる抽水植物の生い茂る多い場所にすんでいるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。そして、わんどや浅い湿地(しっち)が減(へ)る昨今(さっこん)、多くの水辺の植物も姿(すがた)を消しつつあります。ウキゴリが続ける昔ながらの浮遊生活も脅(おびや)かされているのかもしれません。

(自然博物館だよりVol.27 No.1 ,2009年)