41 アカウオ (赤魚)

スズキ目ハゼ科アカウオ属

haze041akauo.jpg アカウオCtenotrypauchen microcephalusは、日本海側では新潟県(にいがたけん)以南、太平洋側では東京湾以南、宮崎県にまで分布するハゼ科魚類です。見た目からして、一般的なハゼと言うよりワラスボTaenioides rubicundus等に近い感じがします。生息地もワラスボ等と同様に泥地(どろじ)に穴(あな)を掘(ほ)って生息するようですが、漁獲対象(ぎょかくたいしょう)になっていないことや個体数が少ないことから詳細(しょうさい)はわかっていません。アカウオはこの体型に加え、標準和名(ひょうじゅんわめい)の由来(ゆらい)になった赤い体色が特徴(とくちょう)です。また、眼(め)は非常に退化(たいか)していること、頭部の鰓蓋(さいがい)上部に窪(くぼ)みがあること、大きな鱗(うろこ)が体を覆(おお)うこと、背鰭(せびれ)と臀鰭(しりびれ)は尾鰭(おひれ)とつながる事なども特徴です。
 「赤魚」というと、世間一般では切り身となったアラスカメヌケの「冷凍(れいとう)赤魚」や釣り人が狙うキジハタなどのハタ科が馴染(なじ)み深く、本種が思い浮(う)かぶ方は少ないでしょう。でも、歴(れっき)とした標準和名アカウオは本種です。
 和歌山県では底曳網(そこびきあみ)で他の生物と混獲(こんかく)され、水揚(みずあ)げの時には体はボロボロで死んでいる場合がほとんどです。ところが2011年4月に、たまたま生きた個体を入手する事ができたので、アカウオの動く姿を観察することができました。ワラスボやチワラスボのように長くスリムな体を持たないアカウオは、体を波打たせるというより、もがくようにクネクネと移動し、底砂(そこすな)に潜(もぐ)るような動きを見せました。観察した個体が決して状態(じょうたい)が良いとは言えないため、このような動きがアカウオの通常の動きかどうか定かではありません。しかし、眼の大きさや不器用(ぶきよう)な動きから、浮遊期(ふゆうき)を終えた成魚は、普段は泥(どろ)から出ることなく生活するのではないかと思われます。
 有明海(ありあけかい)に面した佐賀県(さがけん)では絶滅危惧(ぜつめつきぐ)Ⅰ類に指定されている本種ですが、和歌山県では記録が少なく基礎的(きそてき)な調査が必要です。現在、和歌浦湾(わかうらわん)や日高郡由良町で記録されています。また、宇井縫蔵(ういぬうぞう)の紀州魚譜(きしゅうぎょふ)(1924)で田辺からアカウオが記載されており、方言名もあったようです。かつては現在より目にする魚だったのかもしれません。
(自然博物館だよりVol.29 No.4,2011年)


42 アシシロハゼ (脚白鯊・足白鯊)

スズキ目ハゼ科マハゼ属

haze042ashishiro.jpg アシシロハゼAcanthogobius lactipesは日本海側、太平洋側共に北海道から種子島(たねがしま)までに分布し、内湾(ないわん)や河川河口域(かこういき)、河川下流の淡水域の砂底(さてい)に生息する体長9cmほどのハゼ科魚類です。尾鰭(おびれ)基部(きぶ)の黒色斑紋(はんもん)が2叉(さ)すること、ホオと鰓蓋(さいがい)に鱗がないこと、オスの第1背鰭(せびれ)棘(きょく)が数本伸長(しんちょう)すること、体側(たいそく)に腹部から背側にかけて明色の細い横帯(おうたい)模様がいくつも現れることが特徴(とくちょう)です。腹部が白いことあるいは、成魚の腹鰭(はらびれ)や臀鰭(しりびれ)が白くなることから「脚白(あししろ)(足白)ハゼ」と呼ばれるようですが、よく見ると白色というより灰白色(かいはくしょく)の方が適当(てきとう)な気がします。着底(ちゃくてい)間もないアシシロハゼの個体は同属(どうぞく)のマハゼA. flavimanusや似(に)た生息環境(せいそくかんきょう)をもつヒメハゼ属などと間違われやすいのですが、成長と共に体側に独特(どくとく)の横帯が現れてきます。また、マハゼは冬から春に産卵しますが、アシシロハゼは春から秋にかけて産卵するので、着底した稚魚(ちぎょ)の現れる時期にも違(ちが)いが見られます。
 アシシロハゼは、マハゼのように特に人間に利用されることもなく、見た目も地味(じみ)なため、ほとんど意識(いしき)されません。紀の川や有田川(ありだかわ)などの河口域や河口干潟(ひがた)周辺には比較的(ひかくてき)普通(ふつう)に見られるものの、食用や観賞用(かんしょうよう)などの需要(じゅよう)から採集されることもないようです。ただしマハゼを狙(ねら)う釣り人や漁業者(ぎょぎょうしゃ)はちゃんとマハゼとアシシロハゼを区別しています。また、アシシロハゼはかつて「ツシマハゼ」とも呼ばれ、時折古い文献(ぶんけん)にその名前を見ることができます。第1背鰭棘の伸長しないメスを別種と考えたようです。過去に現在と別の和名をもつ生物は多く、アシシロハゼもその一つですが、いずれにしても昔からマハゼ等とちゃんと区別されていたようです。毒(どく)があるという話も聞かないアシシロハゼですが、ちゃんとマハゼと区別されていること、本種が食用にされるという話を聞かないことを考えると「それほどまでに美味(おい)しくないのか」という疑問(ぎもん)が浮(う)かびますが、私自身も試(ため)したことがないので、そのうち味見(あじみ)をしてみようと思います。
(自然博物館だよりVol.30 No.1,2012年)


43 シロズキンハゼ (白頭巾鯊)

スズキ目ハゼ科シロズキンハゼ属

haze043shirozukin.jpg シロズキンハゼHetereleotris poecila (Fowler, 1946)は、和歌山県や長崎県(ながさきけん)の男女群島(だんじょぐんとう)から南西諸島(なんせいしょとう)、小笠原諸島(おがさわらしょとう)に分布する体長4㎝程度のハゼ科魚類です。低潮帯の転石(てんせき)まわりでみられます。
 シロズキンハゼは、名前のとおり眼(め)の後方から第1背鰭(せびれ)前方あたりまで大きな白い斑紋(はんもん)があり、これが「頭巾(ずきん)」のように見えます。また、胸鰭上方(むなびれじょうほう)に遊離軟条(ゆうりなんじょう)があること、腹鰭(はらびれ)は吸盤状(きゅうばんじょう)ではないこと、尾鰭基底(おびれきてい)に茶褐色(ちゃかっしょく)の横帯(おうたい)があること等が特徴(とくちょう)です。
 元々、南西諸島や小笠原諸島など暖(あたた)かい地域の海にすむハゼとして知られていましたが、数年前に串本町(くしもとちょう)の海岸で見つかり、その後、和歌山県内でも越冬(えっとう)している可能性が高いことがわかりました。転石の陰(かげ)から泳ぎ出てくることも少なく、「白い頭巾」以外は全体が茶褐色の地味なハゼですので、これまでは研究者やダイバーに見落とされている地域もあるかもしれません。また、体色の変化具合によってクモハゼ属(ぞく)やアゴハゼ属の魚類と見間違えそうになります。特に「白頭巾」に注目し過ぎるとヤハズハゼBathygobius cyclopterus(館だよりVol.28 No.4「紀州の鯊37」)と間違えそうです。そういう時は「腹鰭が吸盤状か、そうでないか」を確認すれば比較的(ひかくてき)簡単に見分けられます。
和歌山県内でシロズキンハゼが見つかったことを「地球温暖化(ちきゅうおんだんか)の影響(えいきょう)」などと考えると心配になりますが、上述したように地味なハゼですから、昔から誰にも見つからずに和歌山にいた可能性もあります。周辺の地域の状況把握(はあく)と今後のシロズキンハゼの分布がどのようになるのか、気になります。
(自然博物館だよりVol.30 No2,2012年)


44 ナンヨウボウズハゼ (南洋坊主鯊)

スズキ目ハゼ科ナンヨウボウズハゼ属

haze044nanyoubouzu.jpg ナンヨウボウズハゼStiphodon percnopteryginus Watson et Chen, 1998は琉球列島(りゅうきゅうれっとう)や小笠原諸島(おがさわらしょとう)、千葉県以南の黒潮(くろしお)の影響(えいきょう)を受ける沿岸の淡水域に分布する全長4㎝ほどのハゼです。主に河川の中流域の流れの緩(ゆる)い場所に生息しています。
 ナンヨウボウズハゼは、オスとメスで全く違(ちが)う色彩(しきさい)をしています。オスは、第1背鰭(せびれ)の鰭条(きじょう)が鎌状(かまじょう)に伸長することが特徴(とくちょう)で、その鰭膜(きまく)は朱色や赤色、黒っぽい個体がいます。体色は、吻端(ふんたん)から尾鰭(おひれ)基底(きてい)までメタリックブルーやメタリックグリーンで、褐色(かっしょく)やオレンジ色がかった斑紋(はんもん)や筋模様が現れることが特徴です。一方、メスや未成魚の個体は、乳白色(にゅうはくしょく)の体に1本は眼(め)を通るように、もう1本は吻端から胸鰭基部(むなびれきぶ)を通って、尾鰭基底まで茶褐色(ちゃかっしょく)の筋模様が2本あります。尾鰭は点列があり、腹鰭は吸盤状(きゅうばんじょう)であることが特徴です。
 ナンヨウボウズハゼは、両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送るため、仔魚(しぎょ)が黒潮に乗って熱帯・亜熱帯地域から運ばれて温帯域の河川にも侵入(しんにゅう)します。実際にミクロネシアやポリネシアと呼ばれる熱帯島嶼部(とうしょぶ)ではこのナンヨウボウズハゼの仲間たちが旺盛(おうせい)な分散能力(ぶんさんのうりょく)を生かして小さな河川にたくさん入り込んでいるようです。しかし、日本の本州(ほんしゅう)では冬の低水温に耐(た)えることが難しく、大部分は死滅回遊(しめつかいゆう)であると考えられています。和歌山県でもずいぶん探したのですがなかなか見つからず、先に高知県や静岡県で見つけられてしまいました。黒潮の影響を考えると絶対に紀伊半島にも来ているはずですが、ナンヨウボウズハゼが定着(ていちゃく)しそうな環境(かんきょう)の河川が見つからないのです。いろいろな方から情報をいただいたり、実際に調査に参加していただいた結果、2011年にようやく見つかりました。これらの個体が越冬(えっとう)しているのか定かではありませんが、環境条件さえ合えば和歌山であれば越冬しそうです。小さいながらもオスはとても鮮(あざ)やかな色彩で目立つ魚です。昔から鳥のカワセミ(翡翠)が「水辺の宝石」と例えられますが、ナンヨウボウズハゼは熱帯島嶼部の「川の宝石」でしょう。探しに行くなら「木枯(こが)らし」が吹く前がお勧(すす)めです。
(自然博物館だよりVol.30 No.3,2012年)


45 サザナミハゼ (細波鯊、漣鯊)

スズキ目ハゼ科クロイトハゼ属

haze045sazanami.jpg サザナミハゼValenciennea longipinnis(Lay et Bennett, 1839)は静岡県(しずおかけん)伊豆(いず)半島(はんとう)以南(いなん)の太平洋(たいへいよう)沿岸(えんがん)に分布(ぶんぷ)する体長(たいちょう)20cmほどの海産(かいさん)魚(ぎょ)です。内(ない)湾(わん)の河口(かこう)域(いき)やサンゴ礁(しょう)周辺(しゅうへん)の砂礫(されき)底(てい)に巣穴(すあな)を掘(ほ)って生息(せいそく)しています。
 サザナミハゼは、体側(たいそく)に茶褐色(ちゃかっしょく)の楕円形(だえんけい)の斑紋(はんもん)が5つ並(なら)ぶこと、頭部(とうぶ)に5本(ほん)、体側(たいそく)に4本の黄褐色(おうかっしょく)からオレンジ色の縦帯(じゅうたい)があることが特徴(とくちょう)です。また、サザナミハゼは観賞(かんしょう)魚としても知(し)られ、底に沈(しず)んだ細(こま)かな餌(えさ)を砂(すな)ごと口(くち)に含(ふく)み口腔(こうくう)内(ない)で「モゴモゴ」と砂を鰓(えら)から排出(はいしゅつ)し、餌だけを食(た)べる仕草(しぐさ)は見(み)ていて飽(あ)きません。体側の特徴的(とくちょうてき)な模様(もよう)と共(とも)に一度(いちど)実物(じつぶつ)を見たら間違(まちが)えにくいハゼのひとつでしょう。
 通常(つうじょう)、サザナミハゼは砂礫底に巣(す)穴(あな)を掘って単独(たんどく)で生息するのですが、繁殖(はんしょく)期(き)になるとペアを作(つく)ります。オスが住(す)んでいる巣にメスが訪問(ほうもん)し、巣内に卵(たまご)を産(う)みます。その後、通常のハゼ科(か)魚類(ぎょるい)ならばメス親(おや)はどこかへ行ってしまいオス親のみが卵保護(ほご)を行うのですが、サザナミハゼの場合(ばあい)は、産卵(さんらん)後(ご)のメスが複数(ふくすう)ある巣穴の一つに小石(こいし)やサンゴ片(へん)、砂等を口を使ってを積(つ)み上げ「マウンド」と呼(よ)ばれる山(やま)のような構造(こうぞう)物(ぶつ)を作ります。この構造物に水流(すいりゅう)が当(あ)たり、別(べつ)の穴から水(みず)が出(で)ることで卵のある巣穴内へ酸素(さんそ)が多(おお)く含まれた水が送り込まれやすくなるようです。当然(とうぜん)、卵の側(そば)で水を送(おく)り死(し)卵を取り除いて世話(せわ)をするのはオス親なのですが、メス親もオス親の世話が効率(こうりつ)良くできるように協力(きょうりょく)している訳(わけ)ですね(生物学(せいぶつがく)的(てき)には自身(じしん)の遺伝子(いでんし)をより多く残(のこ)せるように行動(こうどう)しているだけなのでしょうが)。実験(じっけん)的に、産卵直後(ちょくご)にメスやマウンドを取り除いてしまうとオスが卵の保護を止(や)めてしまう場合もあるようです。
 当館(とうかん)で飼育(しいく)していると、餌を食べるときも、巣穴を作るときも常(つね)に砂を口に入(い)れてモゴモゴして水槽(すいそう)内の砂を大移動(だいいどう)させているサザナミハゼですが、和歌山県(わかやまけん)ではこれまで目撃(もくげき)例(れい)が少(すこ)しあるだけで、実際(じっさい)に採集(さいしゅう)されたのは最近(さいきん)の事(こと)です。伊豆で2002年(ねん)に見つかっているので、彼(かれ)らも徐々(じょじょ)に分布域を北上(ほくじょう)させているハゼなのかもしれませんね。
 (自然博物館だよりVol.30 No.4,2012年)