紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
2 アベハゼ (阿部鯊)
スズキ目ハゼ科アベハゼ属
アベハゼMugilogobius abeiは、主に宮城県・新潟県~九州、朝鮮半島・中国・台湾島の河口域、あるいは汽水域(きすいいき)で生活しているハゼ科の魚です。体長は5cmほどで春から夏に産卵期を迎えます。この魚の特徴は、目が左右に離れていて、体の前半には数本の黒色の横縞が、後半には2本の縦縞(たてじま)があり、尾鰭(おびれ)には放射状に黒色帯が伸びることが挙げられます。体の途中で模様パターンが変わるなんて、魚の模様を想像しにくいと思いますが、「百聞は一見に如かず」、写真のとおりです。アベハゼは泥地に多く生息しているため、このような模様が役に立っているのかもしれません。また、背鰭(せびれ)と尾鰭(おびれ)には黄色い帯が現れ、なわばり主張やメスに対するアピールに役立っていると思われます。
人間が集まりやすい水辺、とりわけ干潟(ひがた)や湿地(しっち)は昔から開発が進み、結果として海や土が汚染されてきました。和歌山県でも河口周辺には多くの住宅地や工場地、漁港が集まり、一時期は著しい水質汚染がありました。近頃はやや回復傾向にあるとはいえ、まだ多くの河口域はヘドロが堆積(たいせき)していたり、汚染排水が注ぎ込んだりしています。当然そのような環境では多くの魚は姿を消してしまうのですが、アベハゼは他の魚が生息できないような環境でも耐えられる体をもっています。
その理由はアベハゼの体の中で行われている代謝活動(たいしゃかつどう)にあります。体内で尿素代謝(にょうそたいしゃ)を良く行っているようで、和歌山大学でも盛んに研究が行われていました。このアベハゼは有機物(ゆうきぶつ)が堆積(たいせき)して異臭(いしゅう)を放つような環境をむしろ好んで生息しているようです。雑食性であり、他の魚が住まない様な場所を好むのは、アベハゼが他の生物との競争などに弱いからかもしれません。確かに様々な生き物が多く集まる汽水域(きすいいき)で武器もなく、泳ぎもさほど上手くない彼らは、誰も住まないような悪環境に入り込んで勢力を広げる以外、生きていく方法がなかったのかもしれません。
アベハゼは、和歌山の市街地(しがいち)の川や水路でも若干の塩分があれば生活することが出来ます。ちょっとぐらい狭くて、汚れた水槽でも飼うことが出来ます。しかし、アベハゼの仔魚は生まれてすぐに海へ流れ出て成長します。当然、その海にはアベハゼの子供達のエサになるプランクトンが豊富でなければ、仔魚は成長できません。結局、アベハゼの成魚が生活できても、プランクトンが死滅(しめつ)してしまうほど海が汚れてしまってはアベハゼもいなくなってしまいます。
最近、環境の評価基準として水生生物が用いられることがあります。しかし、アベハゼのような生物は、親魚だけを見て安心してはいけないという事を忘れてはいけないでしょう。
(自然博物館だよりVol.18 No.4,2000年より改訂)