紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
3 ゴマハゼ (胡麻鯊)
スズキ目ハゼ科ゴマハゼ属
ゴマハゼPandaka sp.は三重県・福岡県対馬(つしま)~沖縄県、国外では中部オーストラリア東岸の汽水域(きすいいき)に生息するハゼ科魚類ですが、まだ多くの分類学的に検討の必要がでてきている魚です。ゴマハゼの仲間はその名前のとおり体の大きさが特徴的で、大きくても体長2cm程、1.5cmぐらいで大人になるようです。また、体には黒斑と黄色い斑紋(はんもん)が現れ、繊細(せんさい)できれいな印象を受けます。
ゴマハゼの仲間は我々人間も含めた脊椎動物(せきついどうぶつ)のなかでも、最も小さな動物の部類(ぶるい)にあたります。わずか1.5cm程の体に我々のように内臓(ないぞう)や骨格が発達しているかと思うと人間が作り上げた精密機械(せいみつきかい)も顔負けです。その生活は体の大きさに関わらず、とても力強いものです。
ゴマハゼにとって和歌山県を含む紀伊半島は分布域の一番北の端(はし)(北限(ほくげん))にあたります。恐らく仔稚魚(しちぎょ)が暖かい時期に黒潮(くろしお)などの海流(かいりゅう)によって、南から運ばれてきたのでしょう。しかし、このように海流に乗って本来の分布域からやって来てた生き物の大部分は、冬の寒さや生息場所の違いによって死んでしまいます。このような事を、生き物の無効分散(むこうぶんさん)、あるいは主に魚類に限って言えば死滅回遊(しめつかいゆう)などと言います。結局、子孫を新天地へ送り込んでも環境が合わずに死んでしまい、分布域は拡大出来ないわけです。
では、なぜそのようなことをするのでしょうか?本来、生き物は常に増えることを考え、新たな生息場所を求めています。毎年のように生息地の周辺へ拡大を試みて、偶然(ぐうぜん)にも適当な環境に当たれば新たな分布域を獲得(かくとく)することができるかもしれません。これは人間が新大陸に渡ったり、今なお宇宙(うちゅう)へ行こうとしている事と根本は変わらないかもしれませんね。
ゴマハゼのように、分布地域の北限が和歌山県である生き物は数多くいます。これは黒潮の影響(えいきょう)が大きいことは間違いないでしょう。さらに天然温泉(おんせん)が涌(わ)きだしていたり、紀伊半島が台風の通り道であったりと、一見我々にとっては生き物の分布と関係のないような事柄も影響しているようです。ひとことで言ってしまえば、多様で豊かな和歌山県、あるいは紀伊半島の自然が、南からやって来た生き物の生息場所として快適であったのでしょう。彼らが、恐らく多くの犠牲(ぎせい)を払って獲得(かくとく)した和歌山県の新天地は、まだとても狭い範囲で、いつ失われてしまうかわかりません。人間による環境破壊(かんきょうはかい)はもちろん、冷夏(れいか)や大雪などの気象変化によって簡単に消えてしまうでしょう。小さなゴマハゼたちは、その事を知ってか、知らずか、今年もさらに北を目指して仔稚魚たちを送り出ていくことでしょう。
(自然博物館だよりVol.18 No.2,2000年より改訂)
*シロウオは、2014年の環境省レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に、2012年和歌山県版レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されました。