紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
4 ボウズハゼ (坊主鯊)
スズキ目ハゼ科ボウズハゼ属
ボウズハゼSicyopterus japonicusは関東地方~沖縄県西表島(いりおもてじま)、国外では台湾に分布する体長10センチほどのハゼ科魚類です。成魚は主に河川中~上流域に生息しているため川魚のイメージが強いボウズハゼですが、孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)は海へ降(くだ)って成長し、その後河川へ遡上(そじょう)してくる通(とお)し回遊魚ですので、今までこのコーナーで紹介したハゼ達同様、海との関わりが大きいハゼの仲間です。
ボウズハゼは、その名のとおりツルツルのボウズ頭で、離(はな)れた小さな眼でこちらを伺(うかが)っている様子はとてもユーモラスです。また、見た目によらず俊敏(しゅんびん)で警戒心(けいかいしん)が強く、我々にとっては捕まえにくい川魚のひとつです。成魚は、川底の石に付着した藻類(そうるい)のみを食べる植物食性の魚としても知られています。ボウズハゼだけあって食べ物まで精進料理(しょうじんりょうり)のようですね。もちろん孵化後間もない海域にいる仔魚は動物プランクトンを食べています。この動物食(プランクトン食)から植物食への変化は、アユと似ています。また、川での生活の場所もアユと重なっており、アユと藻類の取り合いになることがしばしばあります。そのため、アユの友釣りをする方々の中にはボウズハゼが釣れたことのある方もいらっしゃるかと思います。
ボウズハゼには、もう一つ「滝登(たきのぼ)りの名人」という一面があります。和歌山県古座川(こざがわ)の支流、小川の滝ノ拝(たきのはい)では、秋頃になると多くのボウズハゼが上流目指して滝を登る様子を見ることができます。この様子はテレビなどでも紹介されるので御存じの方も多いと思います。ボウズハゼの腹鰭(はらびれ)は吸盤状(きゅうばんじょう)になっており、この腹鰭と口を使って少しずつ岩壁(いわかべ)を登っていきます。この吸着力(きゅうちゃくりょく)はなかなか強力で、多少オーバーハングしたような箇所(かしょ)も登ることができます。紀南(きなん)地方で魚の研究をされている福井正二郎(ふくいしょうじろう)氏は、ボウズハゼの壁登りについて詳しく、しばしば著書(ちょしょ)の中でも取り上げられています。
初夏には、和歌山の古座川や熊野川のボウズハゼは繁殖期(はんしょくき)を迎えます。私もしばしば潜水観察(せんすいかんさつ)をする機会があるのですが、第1背鰭(せびれ)の先がピンと伸びて、尾鰭(おびれ)の先に朱(しゅ)から橙黄色(とうおうしょく)の縁取(ふちど)りが現れたオス個体は自分のなわばりを守りつつ、メスを誘(さそ)うのに必死です。ボウズハゼは川底の石の下にもぐり込んで、石の天井(てんじょう)となった部分に卵を産み付けます。ボウズハゼの卵は、川に住むハゼの仲間の中でも数が多く、大きさは最も小さい卵を産む種類に入ります。当然、孵化した仔魚も小さく、成魚になるまでには多くの捕食者(ほしょくしゃ)に狙(ねら)われ、また多くの餌(えさ)を必要とします。ダムなどで川がせき止められ、他のハゼ類が陸封(りくふう)されてもボウズハゼが陸封化(りくふうか)*されにくい訳はこの辺にありそうです。どうやらダム湖の中でも成長するアユの仔稚魚に比べると、生活のスタイルに関してはボウズハゼの方が頑固(がんこ)?なようです。ですから、ボウズハゼを見るのでしたら、ダムのない川か、ダムより下流で探すことをおすすめします。
(自然博物館だよりVol.19 No.2,2001年)
*陸封化:川と海を行き来して生活していた生物がダムや河口堰、滝などにより海との繋がりを絶たれ、ダム湖や淵を海の代用として淡水域のみで生活史を全うする事。全ての生物が可能なわけではない。