紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
5 シマヨシノボリ (縞葦登)
スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属
シマヨシノボリRhinogobius sp. CB は、青森県~南西諸島、国外では朝鮮半島や台湾に分布しているハゼ科魚類です。親は川で産卵して、孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)は海へと降(くだ)り、ある程度成長して再び川へと戻って親になる(両側回遊型(りょうそくかいゆうがた))生活を送ります。普通に川や池で見られるハゼの仲間は、このような生活をしている種類が多くいます。シマヨシノボリを含むヨシノボリ属の多くが両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活を送っています。
シマヨシノボリをはじめ多くのヨシノボリ属は正式な学名を持っていません。ほとんどsp.のあとにシマヨシノボリならCBというアルファベットが付いています。これは、シマヨシノボリが体の模様から横斑型(おうはんがた)(Cross-Band type)と呼ばれていた名残りで、頭文字をとって便宜的(べんぎてき)にCBとつけています。また、学名がないなら、種(しゅ)ではないのか?というとそうではなく、しっかり他のヨシノボリの種類と遺伝的、生態的、形態的に違いがあり種(しゅ)として確立していると言って良いでしょう。学名が付かない理由は、元々の記載(きさい)に使われた標本が古くて保存状態が良くなかったこともあり、色斑(しきはん)が失われてしまい、記載に使われた標本自体が何種類もあるヨシノボリのどの種類であるのか分からない状態だからです。しかも、いくつかの学名が過去に提唱されているものの、同様な理由で学名をつけた標本自体がどの種か、あるいはいくつかの種類が混ざっているのか分からないので、学名の決定に時間がかかっています。
このシマヨシノボリは、和歌山の川にも普通に生息しています。体長は大きくても7cmほど、顔の頬(ほお)の部分にミミズ状、または放射状(ほうしゃじょう)の赤褐色(せきかっしょく)の模様があり、胸鰭(むなびれ)の付け根には三日月(みかづき)のような茶色の模様があることが特徴です。成熟(せいじゅく)したオスは頬(ほお)の部分が平たく膨らみ、第1背鰭(せびれ)の先端が黄色~オレンジ色になります。オスは産卵時期になると川床(かわどこ)の石の下に穴を掘って産卵のための部屋を作ります。ここにメスを呼んで卵を産むわけですが、和歌山県を含む日本本州、四国、九州のシマヨシノボリと、沖縄島のシマヨシノボリでは産卵時期が違っています。本州のシマヨシノボリは春~初夏にかけて産卵します。一方、沖縄島のシマヨシノボリは冬場に産卵を行います。冬場といっても沖縄島の河川の水温は10℃を下回ることは少なく、本州の春先に水温とあまり変わらないかもしれませんね。しかし、それ以上に「一度海へ降(くだ)る」という生活様式が大きく影響しているようで、生まれた仔稚魚(しちぎょ)がエサを豊富に摂(と)れて、しかも捕食者(ほしょくしゃ)の少ない時期、つまりより我が子が生き残りやすい時期をその地域ごとに選んでいった結果ではないかと思われます(実際は「選んだ」のではなく、淘汰(とうた)されて残っていった、「選ばれていった」が正しいのでしょう)。このように同じ生きものでも生活場所によって繁殖時期(はんしょくじき)が違うことは知られています。しかし、最近の調査によると遺伝的にも沖縄島のシマヨシノボリは、日本本州や台湾島のシマヨシノボリと違う事が分かってきました。そうすると、和歌山と沖縄島のシマヨシノボリは違う種類?なのでしょうか。
シマヨシノボリの学名が決まるのは、もう少し先になりそうですね。
(自然博物館だよりVol.19 No.4,2001年より改訂)
*2014年現在、シマヨシノボリにはR. nagoyaeの学名が与えられています。