紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
8 イドミミズハゼ (井戸蚯蚓鯊)
スズキ目ハゼ科ミミズハゼ属
イドミミズハゼLuciogobius pallidus は、静岡県や新潟県、三重県、和歌山県、兵庫県、高知県などの潮間帯(ちょうかんたい)、あるいは井戸など地下水の湧(わ)き出る場所に現れる体長5cmほどのハゼ科魚類です。イドミミズハゼという名前も井戸の中から見つかったミミズハゼの仲間ということに由来(ゆらい)します。イドミミズハゼは、主に地下水にすんでいると考えられていますが、人目(ひとめ)に触(ふ)れる機会が少なく、その生態(せいたい)については不明な点が多くあります。日の当たらない地下水にすんでいるため、目は退化(たいか)して小さくなり、体色は肌色(はだいろ)やオレンジ色をしています。実際には海岸や河口にも現れるのですが、素早(すばや)く砂の中に潜(もぐ)り込んで隠(かく)れます。
イドミミズハゼは卵(たまご)から孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)が海へ行って成長し、再び川(地下水)へ戻る両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送ると思われていますが、実際のところ謎(なぞ)に包(つつ)まれたままです。
イドミミズハゼは、和歌山県でもいくつかの場所で見つかっていますが、いずれも地下水の豊富(ほうふ)に湧(わ)き出す場所でした。また、今は埋(う)められてしまった紀ノ川の六十谷(むそた)の堰(せき)付近にも生息が確認されていました。イドミミズハゼのように水産的価値(すいさんてきかち)の低い生物は人知れずいなくなってしまうこともあるのでしょう。
考えてみると、川や海以外にも地下水という大きな水域(すいいき)が存在することを我々(われわれ)は忘(わす)れがちです。普段の生活でも井戸の存在が薄れ、地下水など見る機会は減(へ)りましたが、自然の生き物にとってはしっかりとした存在感があるようです。こういう地下水に生きる生き物に出会うと、改(あらた)めて地下水の存在と生き物の適応力(てきおうりょく)を感じます。
(自然博物館だよりVol.20 No4,2002年より改訂)
*イドミミズハゼは2014年に環境省のレッドデータブックで準絶滅危惧に、2012年和歌山県版レッドデータブックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されました。