紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
18 トビハゼ (跳鯊)
スズキ目ハゼ科トビハゼ属
泥や岩の上など、およそ他の魚がいない様な場所を飛び跳(は)ね回るトビハゼPeriophthalmus modestusは、れっきとした魚の仲間、ハゼの仲間です。トビハゼは、東京湾から沖縄島まで、国外では朝鮮半島(ちょうせんはんとう)、中国沿岸、台湾(たいわん)に生息しています。内湾(ないわん)や河口干潟(ひがた)などの汽水域(きすいいき)で生活しています。
トビハゼの腹鰭(はらびれ)は、ハゼらしく左右がくっついますが、吸盤(きゅうばん)というよりは蝶(ちょう)ネクタイのような形をしています。泥の上を這(は)い回る際に、腕(うで)のように見えるのは胸鰭(むなびれ)で、陸上で自分の体を支えられるように非常に発達しています。また、眼(め)の位置は魚類で一般的な横向きではなく、上向きに位置しており、眼をしまう溝(みぞ)のような構造(こうぞう)があるため、眼を瞑(つむ)ったような仕草(しぐさ)も見られます。呼吸(こきゅう)もエラ呼吸以外に皮膚(ひふ)呼吸(こきゅう)にかなり頼(たよ)っています。我々が認識している一般的な魚とは随分(ずいぶん)違った体の構造をしています。
このトビハゼたちは泥地や非常に目の細(こま)かい砂泥地(さでいち)に巣穴(すあな)を掘(ほ)って、そこで生活しています。潮(しお)が引いている時は泥干潟(どろひがた)で小動物やデトリタスなどを食べたり、なわばり争いをしたり、繁殖期(はんしょくき)であればメスに求愛行動(きゅうあいこうどう)をしたり、大忙しです。潮が満ちている時は潮と共に岸辺まで移動したり、巣穴へ入って休んだりしているようです。毎日繰(く)り返される潮の干満(かんまん)、トビハゼはその周期(しゅうき)に従(したが)って生活しています。ずっと水中で生活している生物ならば、このように潮位(ちょうい)や乾燥(かんそう)、重力(じゅうりょく)等による行動の制約(せいやく)はなかったでしょう。それだけにトビハゼの生態、行動の様子は興味(きょうみ)深(ぶか)いものがあります。
干潟にすむハゼというと、これまでチクゼンハゼ(紀州の鯊11)やタビラクチ(紀州の鯊13)を紹介していますが、トビハゼもこれらのハゼと同様に状態の良い干潟、泥地でないといなくなってしまいます。環境省(かんきょうしょう)のレッドデータブックで東京湾奥部のトビハゼ個体群が「絶滅(ぜつめつ)のおそれのある地域個体群(ちいきこたいぐん)」として指定され、東京湾の三番瀬(さんばんせ)などの開発事業(かいはつじぎょう)の見直し等が行われています。
トビハゼは、和歌山県のレッドデータブックで準絶滅危惧種(じゅんぜつめつきぐしゅ)に指定されています。かつては田辺・白浜地域や日高川河口でも、よくトビハゼが見られましたが、最近は減少してきています。トビハゼは、有田川河口や和歌川河口など紀北地域でも見ることができますが、そのような県内のトビハゼ生息地はいずれも開発計画があり、いつ全滅(ぜんめつ)してもおかしくない状態です。愛嬌(あいきょう)のあるその姿(すがた)は水辺を歩くだけでも目に付きます。いなくなってしまう前に、一度見に行かれてはいかがでしょうか。
(自然博物館だよりVol.23 No.2,2005年より改訂)
*2014年の環境省レッドデータブックではトビハゼは準絶滅危惧(NT)に、2012年和歌山県版レッドデータブックで準絶滅危惧に指定されています。