紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
22 ヌマチチブ (沼チチブ)
スズキ目ハゼ科チチブ属
ヌマチチブTridentiger brevispinisは、北海道から九州の淡水から汽水域(きすいいき)でみられるハゼです。ヌマチチブは、前回(「紀州の鯊21」)紹介(しょうかい)したチチブ Tridentiger obscurusに外見が非常によく似(に)ていること、生息場所も一緒だったりする場合があることから続けて紹介します。
ヌマチチブは、成長しても第1背鰭(せびれ)鰭条(きじょう)はあまり伸びず、ほおには白点がまばらに(チチブに比べて)あります。しかし体色変化も激(はげ)しく、一般的には見分けは困難(こんなん)です。また、ヌマチチブは、海と川の両方を利用する両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史を送りますが、ダム湖(こ)にも陸封(りくふう)されていることがあり、海とのつながりが無くても生活できるようです。
有名な例(れい)としては、滋賀県(しがけん)の琵琶湖(びわこ)に侵入(しんにゅう)したヌマチチブがあります。もともとヌマチチブのいなかった琵琶湖に、数十年前に他の魚に混ざって放流されたのか、ヌマチチブが見られるようになりました。その後、ヌマチチブは、あっという間に琵琶湖沿岸の浅い場所で優占(ゆうせん)してしまいました。一般的に琵琶湖では、オオクチバスの被害(ひがい)が有名ですが、このヌマチチブもちゃっかり外部から定着(ていちゃく)した外来生物(がいらいせいぶつ)です。
ところで、和歌山県内でのヌマチチブの分布は、主に河川の淡水域(たんすいいき)に偏(かたよ)っています。県内のほとんどの汽水域はチチブが生息しており、まるで「すみわけ」しているようです。一方で、最近の遺伝学的手法(いでんがくてきしゅほう)を用(もち)いた研究により、ヌマチチブとチチブは交雑(こうざつ)し、雑種(ざっしゅ)ができることが分かってきました。しかも、その交雑は自然状態で起こり、あちこちの地域でみられるようですから、ヌマチチブとチチブが外部形態で見分けがつかないのも無理はないと言う感じです。近い将来(しょうらい)、ヌマチチブとチチブの関係がどうなるのか、亜種(あしゅ)や同一種(どういつしゅ)となるのか、あるいは現状のまま2種に区別されていくのか。
少なくとも当(とう)のヌマチチブとチチブは何食わぬ顔で日々たくましく生活しています。
(自然博物館だよりVol.24 No.3 ,2006年)