紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
24 アゴハゼ (顎鯊)
スズキ目ハゼ科アゴハゼ属
アゴハゼChaenogobius annularisは、日本では北海道から鹿児島県の種子島(たねがしま)までに、国外では朝鮮半島(ちょうせんはんとう)に広く分布するハゼ科の魚です。アゴハゼの生息場所は、潮間帯(ちょうかんたい)などの浅い岩礁域(がんしょういき)で、潮溜(しおだ)まりでも普通に見られる種類の魚です。アゴハゼは、体長5cmほどで胸鰭(むなびれ)の上方に遊離軟条(ゆうりなんじょう)があること、胸鰭に黒い点列があること、尾鰭(おびれ)の後縁(こうえん)が白く縁取(ふちど)られないことなどで他のハゼ科魚類、特に外見がよく似ているドロメChaenogobius gulosusと区別できます。名前のとおり、成熟(せいじゅく)したオス個体は顎(あご)が発達してよく目立ちます。
アゴハゼの産卵は、春に行われると考えられています。ですから、春から初夏の潮干狩(しおひが)りや海遊びの際に磯(いそ)や潮溜まりで本種の着底(ちゃくてい)前の仔魚(しぎょ)の群(む)れを見た方も多いと思います。アゴハゼの浮遊仔魚(ふゆうしぎょ)は、体長1cmほどで、体は全体に黒っぽく、尾鰭の付け根や背中の一部にオレンジ色や黄色の模様(もよう)が目立ちます。成長すると体は暗帯と明帯の縞模様が表れます。ただ、ドロメの仔魚も非常に似ており、混ざって泳いでいることが多いようで、明確にアゴハゼの仔魚と断定することは難しいかもしれません。とても身近で、普通に見られるハゼですが、案外(あんがい)わかっていないことが多いようです。
アゴハゼは、和歌山県のほとんどの沿岸域(えんがんいき)で見ることができるのですが、砂底(さてい)や泥底(でいてい)をあまり好まないようで、転石(てんせき)の多い海岸で見ることができます。特に和歌山県中部以北の潮通(しおどお)しの良い岩場では多く見ることができました。しかし、以前(「紀州の鯊23」)も書かせていただいたとおり、砂底を好むクモハゼBathygobius fuscusや、暖(あたた)かい海を好むスジクモハゼBathygobius cocosensisが目立ち、本種は少なくなったように思います。特に市街地に近い海辺では、沿岸の開発や土砂の流入により、アゴハゼが好みそうな転石のある岩場が減(へ)ってきている様に思えます。ハゼ類の多くは水底の環境(かんきょう)に非常に敏感(びんかん)で、転石が土砂に埋(う)もれてしまったり、磯焼(いそや)け等で藻場(もば)が無くなるとすぐに生息種が変化します。今のところ、ちょっと市街地から離れた岩礁海岸(がんしょうかいがん)ではアゴハゼを普通に見ることができるので、ホッとしています。普通に見られる生きものほど、知らないうちにいなくなってしまうものなのかもしれません。今年は気を付けてアゴハゼの動向(どうこう)を探(さぐ)ろうと思います。
(自然博物館だよりVol.25 No.2 ,2007年)