紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
28 オオミミズハゼ (大蚯蚓鯊)
スズキ目ハゼ科ミミズハゼ属
オオミミズハゼLuciogobius grandisは、青森県から長崎県、佐渡島(さどがしま)、鹿児島県に分布する体長10センチほどのミミズハゼの仲間で、日本に生息するミミズハゼ属(ぞく)の中では最も大きな種です。オオミミズハゼは、岩礁海岸(がんしょうかいがん)に生息しており、普段は礫(れき)の下に潜(もぐ)り込んで生活しているようですが、夜間になると泳ぎ回ることもあるようです。オオミミズハゼの報告は、和歌山県ではあまり例がありませんでしたが、ここ数年の間に美浜町(みはまちょう)と和歌山市の海岸から採集することができました。オオミミズハゼは、ミミズハゼ属特有の細長い体と、背鰭(せびれ)が一基(いっき)しかない特徴(とくちょう)の他に、胸鰭(むなびれ)の上端と下端両方に複数の遊離軟条(ゆうりなんじょう)があること、頭部は扁平(へんぺい)せずに体側に乳白色の斑紋(はんもん)があることなどの特徴で区別できます。
実際にオオミミズハゼを飼育してみると、想像以上に肉食性が強く、小さなエビやカニなどの甲殻類(こうかくるい)はもちろん、巻き貝や小さなミミズハゼまで襲(おそ)って食べます。オオミミズハゼは、山から出てきた湧(わ)き水が直接海岸線に流れ込んでいるような礫の多い場所、しかも干潮(かんちょう)時には全く海水が無くなり沢になってしまうような場所でしか和歌山県では確認できておらず、決して岩場であればどこでも良いというのではないようです。このような決してエサ動物が多いとは言えない彼らの生息環境では、エサとなり得(う)る生物を選(え)り好みせず、逃さず食べてしまうのでしょう。彼らの獰猛(どうもう)さは、厳(きび)しい環境で生き抜くために必要なもののようです。オオミミズハゼのオスは、成長と共に頭部の筋肉が発達してメスに比べて厳(いか)つい顔つきになってきます。この様な性的二型(せいてきにけい)は、他のミミズハゼ属魚類でも確認されており、おそらくは求愛(きゅうあい)やメスを巡(めぐ)る争い、産卵場所となる巣穴を巡る争いに必要な要素であろうと思われますが、謎(なぞ)の部分も多くあります。
オオミミズハゼの生息場所は、われわれ人間にとっては何の価値(かち)もなさそうな岩だらけの海岸です。それだけに埋(う)め立てやゴミの違法投棄(いほうとうき)が行われ、おそらくオオミミズハゼの生息に欠(か)かせないと思われる山からの湧き水は、山林の荒廃(こうはい)によって失われる場合が多くあります。人間が利用しない場所だからといって勝手な行為(こうい)を行うことが、多くの他の生物の迷惑(めいわく)になる可能性を想像できるようなゆとりや想像力(そうぞうりょく)を持ちたいものです。
(自然博物館だよりVol.26 No.3,2008年より改訂)