紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
29 チチブモドキ
スズキ目カワアナゴ科カワアナゴ属
チチブモドキEleotris acanthopomaは国内では千葉県から沖縄県、国外では台湾(たいわん)やインドなど西、南太平洋域に分布する体長10~15cm程のハゼです。チチブモドキは、主に汽水域(きすいいき)や河川の下流域に生息しており、泳ぎ回るというよりは倒木(とうぼく)やテトラポットなどの物陰(ものかげ)に隠(かく)れている場合が多い魚です。
チチブモドキは、ハゼの仲間にしては珍しく、腹鰭(はらびれ)は吸盤状(きゅうばんじょう)になっていません。チチブモドキを他のカワアナゴ属と区別することは難(むずか)しく、鰓蓋(さいがい)や眼(め)の下にある孔器列(こうきれつ)の並(なら)び方を観察することで区別できますが、図鑑(ずかん)に書いてあるほど簡単ではありません。例えば、「紀州の鯊(はぜ)14」で紹介(しょうかい)した同じ属のカワアナゴEleotris oxycephalaに比べて、チチブモドキはずんぐりした体型(たいけい)で、カワアナゴが「茶色っぽい」個体が多いことに対して、チチブモドキは「黒っぽい」個体が多いように思います。また、眼の後方にある暗色の筋模様(すじもよう)の状態、胸鰭(むなびれ)の付け根の暗色斑(あんしょくはん)の数などで総合的(そうごうてき)に種類を判断(はんだん)できますが、やはり実体顕微鏡(じったいけんびきょう)などで顔の孔器列を観察するべきですね。チチブモドキも体色の変化は激(はげ)しく、茶褐色(ちゃかっしょく)や暗褐色(あんかっしょく)、全体的に白っぽくなることもあります。
和歌山県では沿岸(えんがん)汽水域のほぼ全域で見ることができると思われます。特に中紀以南の地域では普通(ふつう)に見ることができます。チチブモドキをはじめ、カワアナゴ属は淡水域(たんすいいき)や感潮域(かんちょういき)に小さくて大量の卵(直径1mm以下で数万粒)を産み、孵化(ふか)した仔魚(しぎょ)は海へ下ります。海では海流や潮(しお)の流れで分散(ぶんさん)して、ある程度成長してから適当(てきとう)な淡水域へ侵入(しんにゅう)してきます。これは両側回遊型(りょうそくかいゆうがた)の生活史(せいかつし)を送ると言えますが、同じ両側回遊型の生活史を送るシマヨシノボリRhinogobius nagoyae(「紀州の鯊5」で紹介)やイドミミズハゼLuciogobius pallidus(「紀州の鯊8」で紹介)に比べて、海での生活期間が長く、非常に遠くの場所まで分散していると考えられています。そのためにチチブモドキは西、南太平洋域という広範囲に分布域をもっていると考えられています。ですから和歌山で見ることができるチチブモドキには、沖縄からやって来た個体がいるかもしれないし、和歌山で生まれた個体もどこか南の島へたどり着いているかもしれません。もちろん、多くの個体は比較的近くで産まれ育った個体だと思われますが、色々と考えてしまう魚のひとつです。
(自然博物館だよりVol.26 No.4,2008年より改訂)