紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
46 ヒトミハゼ (瞳鯊)
スズキ目ハゼ科ヒトミハゼ属
ヒトミハゼPsammogobius biocellatus (Valenciennes, 1837)は、静岡県(しずおかけん)以南の黒潮(くろしお)の影響が大きい太平洋沿岸に分布します。主にマングローブや河口などの汽水域(きすいいき)の泥底(でいてい)に生息します。虹彩(こうさい)皮膜(ひまく)には眼(め)の中央に向かって突起があること、腹鰭(はらびれ)、臀鰭(しりびれ)、尾鰭下部に縞模様(しまもよう)があること等が特徴です。一見すると、体が茶褐色や暗色で特徴が乏しく、ハゼの仲間ではウロハゼGlossogobius olivaceus (Temminck et Schlagel, 1845)やヤエヤマノコギリハゼButis amboinensis (Bleeker, 1853)に、ハゼ以外ではコチの仲間にも似ています。ヒトミハゼの名前の由来通り、眼の虹彩皮膜が瞳(ひとみ)に向かって半円を描くように下がっています。このような特徴的な虹彩皮膜は、他の日本産ハゼ科魚類ではあまり見ません。一方で、コチ科魚類には虹彩皮膜が特徴的な種が多く、光調節のため、あるいは擬態(ぎたい)のためと諸説(しょせつ)あるようですが、その皮膜の本当の役割は謎とされています。ヒトミハゼの場合は大きく瞳を覆(おお)うわけでもなく、擬態の効果がどれほどか気になります。
ヒトミハゼは、2001年まではウロハゼ属(ぞく)に含まれていましたが、形態学的(けいたいがくてき)な検討(けんとう)が行われた結果、ヒトミハゼ属がつくられ、学名もGlossogobius biocellatusからP. biocellatusへ変更されました。世界ではヒトミハゼ属は2種が知られていますが、今のところ日本では本種のみのようです。
和歌山県では、ヒトミハゼは印南町(いなみちょう)以南で確認されていますが、いずれも黒潮の影響を受けやすい汽水域の泥や落ち葉が堆積(たいせき)した場所に単独(たんどく)で見られました。本県の汽水域では一度に多くの個体が現れたことはなく、希(まれ)に仔魚が海流に乗ってやってきて見つかる死滅回遊魚(しめつかいゆうぎょ)のようです。沖縄(おきなわ)へ行くと、もう少しまとまった個体数で見つかることもありますが、決して多い種ではないと思います。また、ヒトミハゼは、寒さに弱いようで、野外で採集した個体をバケツに入れて持ち運んでいると、冬場であれば1時間もしないうちに水温低下のため死んでしまうことがあります。同じバケツに入れていたウロハゼやカワアナゴ類は特に変化はないのに、ヒトミハゼだけが駄目(だめ)になってしまいます。水温をゆっくり上げてやると回復することもありますが、長時間低温状態が続くと死んでしまいます。そんな理由で、採集の機会がある割に、手持ちの生態写真が少ないので困ります。和歌山県に定着できないのも、どうやら寒さが利いているようですね。
*2013年の日本産魚類検索 第三版では、もう少し検討が必要という理由から、ヒトミハゼはウロハゼ属に戻っています。
(自然博物館だよりVol.31 No.1,2013年)