紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
50 エドハゼ (江戸鯊)
スズキ目ハゼ科ウキゴリ属
エドハゼGymnogobius macrognathos Bleeker, 1860は、体長5cm程度のハゼ科魚類で、日本海側では兵庫県以西から東シナ海沿岸にかけて、太平洋側では宮城県(みやぎけん)から宮崎県(みやざきけん)に分布します。環境省のレッドリストや和歌山県版レッドデータブックでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されていて、良好な自然環境が保たれた干潟(ひがた)に生息する魚と言えます。和名のとおり、かつては江戸湾(東京湾(とうきょうわん))に普通に見られたハゼなのでしょう。
エドハゼは、同属のチクゼンハゼG. uchidai (Takagi, 1957)(紀州の鯊11、自然博物館だよりVo.21 No.3)に外見が非常によく似ています。しかし、下あごにヒゲ(皮弁(ひべん))がないことで区別できます。また、見慣れてくると体型や腹部(ふくぶ)に現れる模様の違いでもある程度見分けられるようになります。エドハゼの生息場所は、チクゼンハゼと同様に砂泥底の干潟です。両種ともアナジャコ等の他の生物の巣穴に入り込んで生活、繁殖(はんしょく)するスタイルを取るため、穴を掘るような生物がたくさんいる干潟環境が彼らにとって住みやすい干潟であり、結果的にエドハゼが多く見られる干潟は、多くの生物が生息する良好な環境という認識(にんしき)ができあがっています。
ところで、似(に)た環境を好むエドハゼとチクゼンハゼは競合関係にないのか、気になりませんか。最近の研究によると、底質の違いで多少現れる割合が変わるようです。また、和歌山県の干潟にはエドハゼが非常に少ないためか、必ずチクゼンハゼと同所的に現れます。 両種とも自然界では積極的に巣穴を作らないようですが、水槽(すいそう)で飼育(しいく)すると自分で「巣穴っぽいもの」を作る様子が確認(かくにん)できました。しかし、せっかく作った「巣穴」を他の個体に取られたり、途中(とちゅう)で穴掘りを放棄(ほうき)してしまい結局、干潟で見るような立派な巣穴は完成しませんでした。そこへアナジャコとテッポウエビを入れてみると、水槽のハゼたちは甲殻類(こうかくるい)が穴を掘(ほ)っていく様子を周りで見ていて、ある程度穴が完成すると巣穴にハゼが押し掛けていました。さすがにテッポウエビは「パチン、パチン」と威嚇(いかく)音を出し、アナジャコも迷惑(めいわく)そうに縮こまっていましたが、ハゼたちは全くお構(かま)いなしの様子でした。一体この後どうなるのでしょうか。チクゼンハゼの場合、一晩(ひとばん)程過ぎると、より切実と思える個体(産卵(さんらん)間近など)が巣穴を利用していました。一方のエドハゼは残念ながら十分な個体数を確保できず、謎(なぞ)のままです。
このような自分で穴を作らないハゼは、大きなオスが繁殖に有利とか、一概(いちがい)に言えないかもしれません。むしろ巣穴を確保できた個体が繁殖に成功しているのかもしれませんね。場合によってはメスが穴を確保したら、オスを呼び込んだりするかもしれません。いずれにしても、アナジャコやテッポウエビには迷惑なことですよね。
(自然博物館だよりVol.32 No.1,2014年)