紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
52 クロユリハゼ (黒百合鯊)
スズキ目クロユリハゼ科
クロユリハゼPtereleotris evides (Jordan et Hubbs, 1925)は、小笠原諸島や伊豆諸島、千葉県以南の太平洋、東シナ海沿岸に分布する体長8cm程度の遊泳性ハゼ類です。成魚は内湾やサンゴ礁外縁付近を単独かペアで遊泳し、幼魚はもう少し波の穏やかな場所で群れを作って生活しています。
クロユリハゼの幼魚は背鰭や臀鰭、尾鰭の縁辺部が黒く、尾鰭基底に黒斑があることが特徴です。成魚は体の後半から尾鰭上、下縁が黒色になることが特徴です。和歌山県沿岸でも広く見られます。実はクロユリハゼは、1925年にJordanとHubbsによって和歌浦から採集された2個体に基づいて記載、命名されました(当時の学名はEncaeura evides)。つまり、和歌山県の和歌浦湾はクロユリハゼの模式標本の産地なのです。富山一郎氏の「Gobiidae of Japan」(1936)にも、現在の湯浅町からの記録があります。ただし、和歌山県でみられる多くの個体は南方からの死滅回遊のようで、黒潮の影響が強い和歌山県の南部の方が、より見つけられる機会が増えるでしょう。
クロユリハゼは、その見た目の美しさと他の魚に攻撃することが少ないことから、観賞魚としての人気もあり、我々が生物採集に行った先で、このハゼを採集されている方を見かけることがあります。飼育していてもとても臆病なため、すぐに物陰に隠れてしまい、なかなか出てきて泳ぎ回ったりしてくれません。しかし、飼育から数日経ってエサを食べはじめると、フワフワと出てきてくれる場合が多くあります。クロユリハゼは基本的に水中を漂うプランクトンなどを泳ぎながら食べるため、底に沈んだエサにはあまり興味を示しません。ですので、できれば常にプランクトンが漂っている水槽環境が必要です。また、ハゼの仲間にしては「細身」なので、エサ不足ですぐに痩せてしまうことに注意しなければいけません。これらのことに注意してクロユリハゼを長期飼育することは難しく、「知らないうちに顔を見なくなった」等という結果になりがちです。もちろん、幼魚の頃から飼育して人に慣れていれば、そのような事は減るのですが。
このクロユリハゼ、名前の由来は「体の後半が黒く、ユリの花のように見えるから」だと言うのですが、いかがでしょうか。
(自然博物館だよりVol.32 No.3,2014年)