紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
53 シマヒレヨシノボリ(縞鰭葦登)
スズキ目ハゼ科ヨシノボリ属
シマヒレヨシノボリRhinogobius sp. BFは、静岡県や岐阜県、三重県の一部地域と紀伊半島の西側から広島県、愛媛県の瀬戸内海側、兵庫県の日本海側の一部に生息する体長4~5cm程度の淡水性のハゼです。正式な学名は与えられておらずBFはBanded Fin(縞のある鰭)の略号です。
シマヒレヨシノボリは、ヨシノボリの仲間の中では体が小さく、オスの第1背鰭が伸長しないため地味な印象を受けます。また、腹鰭の前方にほとんど鱗がないこと、腹鰭の5軟条の第1分岐と第2分岐の間隔が短いこと、尾鰭に雌雄とも点列があることなどで見分けますが、慣れないと見分けることが難しい魚です。和歌山県では、広川町の広川水系より北の地域では、ごく普通にため池や水路でみられるハゼですが、広川よりも南の地域では、ほとんど見ることのないハゼです。
このシマヒレヨシノボリの分布について調査をしてみると、いろいろなことがわかってきました。和歌山県の南部のダム湖から、おそらくアユやゲンゴロウブナ(ヘラブナ)の放流に混じって放流されたと思われる個体が出てきました。シマヒレヨシノボリは一生を淡水中で過ごすヨシノボリ属魚類ですので、ダム湖のような場所に持ち込まれ、仔稚魚のエサとなる生物があれば繁殖することができます。このようにシマヒレヨシノボリが移入されたと思われる場所は、本来本種が普通に見られる紀の川や有田川水系にもあると思われますが、水産重要種でない本種の放流記録が残っているわけもなく、はっきりしませんでした。そこで100地点以上の採集ポイントを設けて両水系を中心に本種の分布調査を行ったところ、おおよそ標高200mまでの水域には断続的に現れるものの、それ以上の標高ではまばらになること、標高200m以上の出現水域はダム湖である場合が多いことがわかりました。これで標高200m以上にみられる本種の個体群は移植の可能性が高く、放流(おそらく混入)も県内各地で行われていたことは間違いないようです。静岡県や岐阜県、三重県などの本種の生息地にも同様に移入の疑いがあり、各地域の研究者からの話では、ほぼ間違いなくシマヒレヨシノボリが移入された地域があることが明らかになってきました。
シマヒレヨシノボリは一生を淡水で過ごすため、自然状態では両側回遊を行うヨシノボリ類のように他の地域へ分散しにくく、オオクチバスやブルーギルなどの影響も受けやすいために環境省のレッドリストで準絶滅危惧に指定されています。このような魚が人の手によって本来生息しなかった地域に持ち込まれ、おそらく元々そこにいた生物を圧迫していることは、とても残念なことです。
(自然博物館だよりVol.32 No4,2014年)