紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu
54 ヒモハゼ (紐鯊)
スズキ目ハゼ科
ヒモハゼEutaeniichthys gilli Jordan et Snyder, 1901は、体長4㎝程度のハゼ科魚類です。青森県から沖縄県の西表島までに分布し、河口周辺の汽水域、特に砂泥底から砂礫底の干潟に生息します。アナジャコなどの巣穴を利用して生活しており、クボハゼGymnogobius scrobiculatus (Takagi, 1957)やチクゼンハゼG. uchidai (Takagi, 1957)と共に見られることがあります。
ヒモハゼは体が細長く、ミミズハゼLuciogobius guttatus Gill, 1859の仲間に似ていますが、背鰭が2基あることや一般的なミミズハゼ類よりも体がさらに細いことで区別できます。また、体側に頭部から尾鰭にかけて暗色の縦帯があること、吻端は口よりも突き出していること等が特徴です。現在、ヒモハゼは2013年の環境省レッドリストで準絶滅危惧に、和歌山県版のレッドデータブック改訂版でも準絶滅危惧に指定されています。しかし幸いなことに、和歌山県内では、ヒモハゼの繁殖期や稚魚の加入時期にあたる早春から夏にかけて、和歌浦干潟をはじめ主な汽水域、干潟で普通に見ることができます。その一方で琉球列島の個体群と和歌山をはじめとした琉球列島以北の個体群で遺伝的な差異があることがわかっています。ですので、現在は外見でひとまとめに「ヒモハゼ」と考えていても何万年、何百万年もすれば2種類以上に分かれるかもしれません。そのような遺伝的な違い、多様性を重視して不用意な生息域の撹乱がないように注意していかなければいけません。もちろん、別の地域のヒモハゼを持ち込むようなことは駄目です。
飼育は案外簡単で、口に入るサイズであれば動物性のエサは何でも食べますし、穴を掘る生きものと同居させなくても平気で生活します。ただし、小さく、細く、臆病な性格なので展示にはまったく向かない魚であることが飼育担当泣かせです。春先にまとまって採集できるため、何度も(ほぼ毎年)展示していますが、水槽の奥の方で砂に潜ってジッとしています。慣れてくると今度は水槽から飛び出して干物になってしまったり、展示水槽の配水管を通って、裏側の暗い濾過槽へ移動し、いつの間にか人間に見られるというストレスのない生活を楽しんだりしています。水槽から逃げ出さないようにメッシュを張っても目合いが細かすぎると目詰まりを起こし、大きいとヒモハゼが抜けていきます。
ヒモハゼを一年通して展示できるような方法を考えていますが、こういう「季節限定」の魚がいてもいいのかもしれません。
(自然博物館だよりVol.33 No.1,2015年)