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ワカヤマソウリュウ

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紀州の鯊(ハゼ)Gobies in Kishu

57 ミナミサルハゼ (南猿鯊)

スズキ目ハゼ科

57 ミナミサルハゼ (南猿鯊)s

ミナミサルハゼOxyurichthys lonchotus (Jenkins, 1903)は、琉球列島をはじめ黒潮の影響を受ける本州沿岸部や小笠原諸島に分布しています。本種は、体長10㎝ほどのサルハゼ属の魚類で、主に内湾や汽水域の砂泥底に生息します。

ミナミサルハゼは、眼から口にかけてふくらみを帯び、唇も厚く、和名の通り「猿顔」です。尾鰭は長く矢じり状になり、眼の下から口にかけて黒い斑紋が現れること等が特徴です。

和歌山県では田辺市より南の汽水域で見かけることが多く、当館でも何度か生体展示したことがあります。本種は、野外では狭い場所で多くの個体が確認できることがあります。おそらく適切な底質の場所に密集して生息しているのでしょう。このような事例は、沖縄島の汽水域でも経験しており、わずか数平方メートルの場所からミナミサルハゼばかり数十個体も採集できたことがあります。また、和歌山県の汽水域では、カマヒレマツゲハゼO. cornutus McCulloch et Waite, 1918も一緒に確認されることが多く、底質や巣穴の提供者(アナジャコ類やテッポウエビ類など)の影響があると考えられます。本種を水槽で飼育する際には、この底質の再現が大きな壁になります。また、常に淡水と海水が混じり、しかも濃度が変化する環境でないと長生きしてくれないので塩分濃度も重要です。このように当館での過去の飼育経験からも本種が「居住環境」にこだわりがあることが伺えます。その一方で本種の食性は、動物性からやや腐食したもの、植物性のものまで広く対応することがわかりました。

ある汽水環境をみたとき、本種の生息できるような汽水域の底質は、泥中にも様々な生物が生息しており、多くの生物が利用できる良好な環境であるといえます。県内では本種の生息確認が増えているようで、汽水域を多様な生物が利用していることに期待できます。しかし、それ以上に気になることは、徐々に本種の確認地点が北上してきていることです。これは汽水環境の改善だけでなく、海水温の上昇や暖冬の影響による結果かもしれません。汽水域に突如現れた本種を「環境の多様性の現れ」と見るべきか、「環境の変化の現れ」と見るべきか、猿顔の彼らに本当のところを聞いてみたいものです。

(自然博物館だよりVol.33 No.4,2015年)


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